石西礁湖・西表西部編

 

10月19日 北東の風7~8m/s 曇り時々晴れ


 西に開けたキャンプサイトは
6 時になってもまだうす暗かったが、テントから這い出し、火を起こして朝食を食べる。
 カヤックに荷物をパッキングし、波打ち際でウンコをすると気合が入った。  
「うしッ!行くぞ!」
  8 20 分、リーフエンドに出て屋良部崎までカヤックを進め、そこから進路を南南西にとる。島を離れ、外洋に出る。
 南南西といっても、実は今回コンパスは使用していない。
 別にたいした理由ではなく、単純に沖縄に置き忘れてきてしまったのだ。人からもらった BE PAL 300 号記念に付いていたシルバーコンパスなのでそれほど悔しくはないが、ないと結構辛い。
  しかし目的地の島は見えていたし、海図もあるのでそれほど大変な事でもない。
 目指している浜島は確かに島影がまだ見えないが、竹富島と小浜島の間を狙えば、そのうち見えてくるだろう。おりしも風は真後ろから吹いている。問題はない。
  後ろから吹く風に押され負けないよう、パドリングにも力を入れる。
  風波が後ろから舟を越えていき、その波に乗るような形で進んでいく。風が強いわりには、まだそれほど大きなうねりもない。
 石垣島と竹富島は非常に近い。高速船なら 15 分ほどで往来できるし、お互いの島からよく見渡せる。竹富島の赤瓦の建物の中から、ビルが立ち並ぶ石垣島を見るのは、なかなか文明的ギャップを感じる。
 しかし、この海峡はなかなかの難所なのだ。地形的なことで波が立ちやすいという環境要因もあるが、石垣港から本島方面に向う船が多数往来するという航路横断の意味でも難しい。  この時も大型の貨物船が通過するのを何回か待った。
 大型の船は港に入らず沖で停泊しているので、船首がこっちを向いていても、こっちに向っているのか泊まっているのか、遠目にはわかりづらい。まだ大丈夫だろうと思って漕いでいたら、思ったよりもスピードが速かったり、大きすぎて実はまだすごく遠くにいたりと、判断が難しかった。
 何より大型船をギリギリで交わすと、引き波が酷くて、これが思ったよりも面倒臭かった。ただし後ろから来る引き波は、サーフィンができて面白かったな。
  航路を過ぎると海がだいぶうねってきて、デッキを洗われる事が多くなった。不規則な波が前後からやって来て、なかなか予断を許さない。後ろを向くと、風が顔を強く当たり、潮しぶきがサングラスを曇らせる。思いのほか海上の風は強くなっているようだ。風紋が波と波の間にできている。
  波と波の間を縫うようにカヤックを進め、左右のパドリングでバランスをとって進んでいると、波が止まって見えてきて、丘陵地帯を進んでいるような気分になってきた。
  鏡のようなベタ凪の海を漕ぐのは、楽だし安全だ。
 だけど、シーカヤックの本来の楽しさはこのような外洋の波と風の中を漕ぐ事にあり、このような波の中を漕ぐ為に作られた乗り物なのだ。前後左右からやって来る波をパドルでいなしながら漕ぐのは楽しい。波を受けてたわみ、軋むファルトボートは不安ではなく、波の力を吸収し、むしろ波と一体化しているようで安心感がある。
 僕は昔の人がどんな風に、海を漕いできたのかを考えながら、ただ目の前に現れる波を実感し、パドリングを続けた。


 
 
 
 

 
 

 1時間半ほど漕いでいると、浜島らしきものが見えてきて、 2 時間も漕ぐとリーフに波がぶつかっているのが確認できた。
 石垣島と西表島の間には、石西礁湖という珊瑚礁が広がり、その中に竹富島、黒島、小浜島、新城島、カヤマ島などが点在している。そのサンゴ礁の端っこにあたるリーフエッジが見えてきたのだ。
 とくに大きなサーフが巻いているわけでもなく、すんなりとこのリーフの中に入ることができた。ここまで来ればあとは浅場を漕いで、カヤマ島までは楽勝だ。
 干瀬が現れて舟が座礁しそうなので降りて引っ張っていく。せっかくなので記念写真。
 すぐにまた深くなったので舟に乗り、前方に見えている浜島に向う。
 浜島は地図には載っていない、小さな砂だけの島で、幻のサンゴの島とも言われている。一般の交通機関はないので小浜島や石垣島からシュノーケリングツアーなどに参加しないと行けない島なのだが、カヤックだったら、勝手に行けるのである。へいへーいってなもんだ。
  きめ細かい、サンゴの白い砂だけでできている浜島は、その周りに広がるエメラルドグリーンの海の色と、青い空の色とのコントラストがすばらしく、なかなか良い眺めだ。ダイビング船が来ていて、シュノーケリングやダイビングの講習をやっているのが気になったが、おかげでたくさんのビキニギャルがいて、これがまた皆無人島だからか露出が激しくて、よろしい。
 でもみんな男がいた。
  それにしてもダイビング船に乗ってシュノーケリングしている客を待っているガイドらしき男達。暇そうだな。何でウエットスーツを着て海に潜っているガイドが、あんなに全身黒いのか謎だったが、これだけ船の上でグダグダしていれば、ソリャ黒くなるわなー。
  一般ピーポーの中では僕はかなり異質な存在なので、島の見た目は良かったけど潜ってもつまらないし、 30 分ほどで出発した。
 今度は西に進路をとり、小浜島の北にあるカヤマ島に向う。
  途中、海人がサバニで潜水漁をしていた。こんな根のない海で何をやっているのだろうか。春のモズクの時期に向けての準備だろうか?
 ともかく、エンジン船とは言え、珊瑚礁に浮かぶサバニの姿は最高にきれいだ。しばらく見惚れていた。
 礁湖に入ってからは、水深 10m ほど、海底は砂地で周囲一体、エメラルドグリーンの海を延々と漕いで行く。
 石西礁湖は船でしか行けない海域なので、通常潜りに行くとすれば船をチャーターしなければならない。無論、そんな事をするほど金の無い僕は、この海がどんな海なのか、軽く期待を込めていた。
  見た感じは確かに南国らしくてきれいな海なのだが、潜って面白い海かなーっと、考えると、多分つまらない海だろうと思う。  とにかく「のぺー」とした海が広がり、ポイントも絞りづらく、ひょっとしたらでかい魚がどっかにいるのかもしれないが、ここだという場所が見つけられない。良い所があったら潜ろうと思っていたのだが、そのまま僕は西に進み、カヤマ島を目指した。
 左手に小浜島の港が見え、正面のカヤマ島も大体の島の形状がわかるようになってきた。
  小浜島は 8 年前に初めて八重山諸島を周った旅で行ったきり、行った事はなかったが、これといって寄りたい目的もないので今回も上陸はしなかった。それに比べカヤマ島は、せっかくカヤックで来ているので初上陸する事にした。
 島の東から北にまわると急に浅くなり、サンゴが露わになってきた。浅い水路ができて、潮流も流れている。そこをすり抜けて島の西側に出ると、キャンプするのに良さそうな砂浜が見えたので上陸する。
 カヤマ島は基本的に無人島で、ダイビングショップが島の南側に一軒あるが、あとはススキなどの荒地に生える植物の草原になっている、ウサギがいるだけの無人島だ。どこかの所有地になっているらしく、表立っては上陸できないのでコソコソと上陸した。
 砂浜から岩棚を登って島の上部にある草原に出ると、陸側は荒地が続くのみ。海を見ると珊瑚に覆われた海が見渡せ、沖にはすぐそこに西表島が。西表島と小浜島の間には昔、マンタウェイと呼ばれたヨナラ水道が蒼い水を湛え流れている
 砂浜には流木が集められており、足跡が多数見つかった。どうやらつい数日前にここでキャンプをした人達がいるようだ。おそらく沖縄カヤックセンターのツアーだろうか。
 30分ほど散歩をしたのち、ビバークするにはまだ早いので、西表島に渡ってしまうことにする。一応、島の全体像が気になるので向かい風の中、島の南側にまわり、ほぼ一周した所で風に押されながらUターンして西表島に向う。島にあるダイビングショップには修学旅行生らしき若者がウエットスーツを着て、ガイドの説明をグダグダ言いながら聞いて、「ひゃー」とか言いながら海に入っていた。最近の修学旅行はずいぶんとアクティビティーが多彩だね。横目で冷ややかに笑いながら通過する。
 意外にもこのカヤマ島と小浜島の間が、かなりサンゴが発達しており相当きれいだった。テーブルサンゴはもちろんだが、ハナヤサイサンゴなどの比較的モロいサンゴなども多く、それがカヤックの上からも十分観賞できてすばらしい。だがそれだけ潮も流れており、さすが小浜島の海人部落の細崎に近いだけに、いい漁場になりうる場所だと思った。
 潮がだいぶ引いているせいか、漕ぐにはずいぶんと浅い海になってきた。
 とっとと西表島のリーフの中に入っておかないと、閉じ込められるか入り込めなくなって、かなり遠回りする羽目になってしまう。
 ちょっと強引だが浅い海でパドルをガシガシサンゴにぶつけながら(もちろん死んだサンゴですよ)、漕ぎ進める。ラッパモク、ノコギリモクが大量に繁茂しており、それがパドルに纏わりついて、まるで春の三浦半島みたいだ。
 グリーンランドパドルは、流氷の隙間を漕ぎ進むため、パドルの先端が木製ではなく、クジラやアザラシの骨、牙を埋め込んで、漕ぐ際に砕氷したり、退けたりするようにできているのが本物らしい。そういう意味ではサンゴの浅い海を漕ぐのにもグリーンランドパドルは適しているのではないかと一人思惑する。
 浅い海をアザラシの如く進んでいるかと思えば、今度はサーフに突入し、波を被って何とか外洋に出る。
 外洋というか、ヨナラ水道である。
 ちょうど干潮時の潮止まりなのかもしれないが、水道はちっとも流れておらず、北から入ってくるうねりに舟をゆられながら、あっという間に西表島側のリーフに再度突入する。
「よし、西表島に着いたぞ!」
 …という、感傷に浸りたい所だったが、この西表島北東部、地元の人が「アオ島」と呼ぶヒスイが取れる島がある周辺のリーフは、とにかく浅いという事を知っていただけに越えるのが大変で、それどころではなかった。
 ベタ凪のイノー(礁池)の中を漕いでいくと、アミメフエダイやブダイの仲間があわててサンゴの隙間に入っていく。魚影は濃い。だが、すぐに座礁することになり、舟を下りて引っ張って歩き、そしてまた深くなったり、サンゴが脆くて足が埋まったりすると再び舟に乗り移動する。
 アマモ場があるあたりではボラやイスズミの仲間が背中を出して群れで泳いでおり、舟に気付くと「ジャバババババッ!!」と、すごい音を立てて散っていく。だだっ広いアマモの干潟の上でカヤックを引っ張って歩いていると、自分が何故こんな場所にいるのかわからない感覚になってくる。膝下ほどの水深でも陸地からは数百メートル離れているのだ。まるで海を歩いているような感覚になるのだ。
 しばらくするとカヤックを漕げる水深になり、比較的深いところを選びながら漕ぎ進んでいく。
 かなり漕いだ気がする。午後3時、西表島温泉のある高那の海岸に上陸した。
 ここにはレストランがあって自動販売機があると知っていたので、フラフラと近寄っていくと、なんとレストランは潰れて自販機も無くなっていた!飲料用水はすでに200ccを切っている。
 仕方なく歩いて西表島温泉まで行き、クーラーの効いた施設内にある自販機で少々割高なコーラとファンタを買う。温泉にも入ろうかと思ったが、そんな余裕は時間もお金もなさそうだ。
 あまりにも小汚い格好の僕は、入浴後のさっぱりした人達のいる空間にはあまりにも不自然なので、早々に舟に戻り、出発した。無論、このときのコーラは最高に美味かった…。
 さすがに広背筋のあたりが疲れて来ていたが、高那の海岸はモッコウが酷そうなので、もう少し先にある赤離島の手前にある浜まで行きたかった。コーラパワーで気合を入れて再びカヤックを漕ぎ出す。
 ここから船浦までの区間は、実は僕も初めてであった。 西表島でカヤックのガイドをやっていた時も、ほとんど漕ぐ区間は決まっていたので、西表島の全ての海岸線を見てまわってはいなかったのだ。今回、西表島の漕いでいない区間を漕ぐ事も目的のひとつにあり、舐めるように海岸線を見ていこうと考えていた。
 ここの区間は西表の東部と西部を結ぶ間で、車道があるとはいえ集落はなく、山の上を道路が走るので海岸はほぼ無人なのだ。いつも道路の上から「あそこ、行ってみたいナー」という願望があって、ついにそれも適うという訳だ。
 高那からしばらく沿岸を漕いで行くと、湾の奥にマングローブ林が見えた。
 その湾の奥に入って行くと川の河口が確認できて、その川を昇っていくと、そこがユツン川だとわかった。ユツン川は西表島の大手観光会社がカヌーツアーをしており、そのカヌー用の桟橋が見えたのだ。こういうシチュエーションは少しガッカリする。
 マングローブ林を流れる水路を戻り、湾に出ると、しばらく迷ったあげく、沖に見える座礁船まで行くことにした。
 この湾は、湾奥の山の上に道路があり、その道路から見る海は最高にきれいなのだ。そしていつもその道からこの真下にある浜に行ってみたいと思っていたのだが、実際に海からその浜を見ると、これと言って普通の海岸で、そこまで行くにはかなりの時間を必要とするほど、遠かった。時刻はすでに4時を過ぎており、余計な時間は使えない。それで沿岸を舐めるように漕ぐのは諦め、リーフエッジに見えるもう一つ行ってみたかった座礁船に行くことにした。
 20分ほど、風に逆らいながら漕いで行くと、遠くからは赤錆びた鉄の塊にしか見えなかった物体が、やっと船である…という事がわかってきた。
 西表島の北部はかなり沖までリーフが発達しているので、船舶の航行ではけっこう難所らしく、台風が来るとよく座礁騒ぎがある。この座礁船もその一つで、船首をリーフに突っ込むような形で座礁しており、船底の竜骨周辺と、艫(とも)のあたりが残っている程度の、実際、鉄の塊だった。
 北からの風で強い波が入って来ていたのでリーフエッジにある座礁船にはあと一歩というところで近寄れなかったが、荒波の中で微動だにしない赤錆びた残骸は、まるで宇宙を旅してきた宇宙船のようにも思えた。たぶん「風の谷のナウシカ」の見すぎだろう。
 ダイビングのポイントの見印にもなっている座礁船を後にし、再び沿岸に戻った。
 座礁船ポイントからさほど離れない場所、西に少し進むと今回のビバーク予定地が見えた。
 西表北部にある赤離島。島というには大袈裟な、岩棚の塊なのだが、その島の手前にある岬の先端に前浜があり、今回はそこの一つに上陸し、本日の航海は終了した。
 石垣島から石西礁湖を横断して西表島に上陸。距離にして30㎞ほどか。ともかく島渡りが成功してちょっと嬉しかった。温泉で買ったファンタを一気飲みし、感傷に浸る暇もなくあたりを探索する。
 砂浜は思いのほか広く、3つほどに分かれていたが、一番東側の浜にテントを張り、流木を集めた。ほとんど人が来ていないようで砂はふかふかだし、流木も無尽蔵にある。気分はウハウハだ。
 西側の浜に行くと足跡が少々ある。ここは土木事務所を通って県道から来ることもできると聞いていたので、別に不信がる必要もない。水の流れた跡があるので上流に向かっていくと、岩棚の上から水が流れて沢になっていた。水も欲しかったし、全身塩まみれなので顔くらい洗いたかったが、どういう訳か赤茶色をした水で、不気味なのでやめた。 時刻は5時をまわっており、日も暮れ始めていた。潜って魚を獲る余裕もなかったので、この日の夕飯は非常食のポークを焼いた。それに御飯と具なしの味噌汁だけである。それでも久しぶりに食べる肉、ポーク(ランチョンミート。僕はチューリップ派)は、最高に美味く、コレステロールも気にせず大型缶をペロリとたいらげた。
 気分が良いので島酒をキで飲みながら三線を弾いた。
 大量の流木を燃やし、10月だというのに海パン一丁で満天の星空の下、三線を弾く。
 ふかふかの砂の上で、ストレートな島酒が心地よく、三線の音色でトランス状態におちいって行く感覚が気持ちいい。こんな感覚、どれくらいの人が知っているのかな。
 気付いたら10時。
 シャツを着こんでテントに潜りこんだ。

 

10月20日 北東の風5~8m/s 晴れ

 
  8 時に出発。
 赤離島の沖を通ると、西表島の岩肌が剥き出しになった場所を見ることができる。西表の山は所々で岩肌を露わにし、何層にも重なる地層を見せている。この赤離島の沖から見える大見謝川の上流にあたる山肌は、それが際立って面白い。
  沿岸を舐めるように漕いで行くと、また湾奥に川がある。
 ここは岩棚を流れてきた水が、海の直前で直接流れ込む川で、水を取るのには便利だ。そのため、西表島の北にある鳩間島の人々は、昔ここまで水を取りにサバニに乗ってわざわざやってきたらしい。今ではウッドデッキのマングローブ観察路ができていて、岩棚にできたプールでは泳ぐこともできる。
 素通りしても良かったのだが、どうしても水浴びがしたかったし、寄っておきたかったので、河口が干潮で干上がりそうだというのに、無理やりやってきてしまったのだ。
 大見謝川と呼ばれるその川は、あまりパッとした川ではないのだが、個人的に好きなのでよく遊びに来ていたのだ。プールにはオオクチユゴイが泳ぎ回り、少し淀んだ水だったが、 PFD を着たまま飛び込み、全身の塩を抜いた。海水と違ってサッパリしていて気持ちがいい。海も潜っている時はさほど気にならないけど、粘度が違うと言うか…ともかく、真水はいいね。

  座礁ギリギリのところで舟を引っ張りながら沖に出し、なんとか大見謝川河口の湾から抜け出す。
  ここから先は干潮で沿岸を漕げないので、ある程度沖合を漕ぐこととなった。
 それにしても意外な事に、このあたりがすごいサンゴがきれいなのだ。 沿岸域はアマモ場になっていて、ハマサンゴなどのリーフ内や、汽水域のサンゴが多いのでさほどパッとしないが、沖にでると色とりどりのエダサンゴが高密に生息しており、西表島の底力を見たような気がした。なるほど、沖に出ればやっぱりきれいなのか…!
  船浦湾の海中道路が見えてきたが、座礁するのが厄介なので、そのまま沖を漕いで鳩パナリ島まで行ってしまう。もちろん、ヒナイ川やヒナイサーラの滝はパスである。よく泊まっていた船浦にあるミトレアキャンプ場も、今回は残念だがパスして先に行くことにした。
  船浦湾入口はサンゴ礁が迷路のようになっていて、航路が心配だったが、数年前から高速船の船浦港の使用がなくなり、すべて上原港からになったので、安心して赤ポールや緑ポールの横を漕ぐ事ができた。
 すり鉢の様に深くなるエダサンゴの海。突然深場から現れるサンゴ礁の塊。そして外洋でもないのに藍色の深い水の色をした場所。不意に流れる潮流。
  なかなかこのあたりは面白かった。
 今回の西表島行きは、今までで行った事のないところに行く…というのが、密かな楽しみで、そのうちの一つが先ほどの赤離島手前の浜なのだが、もう一つが鳩パナリ島である。
  船浦湾の沖合にあるサンゴ岩でできたわずかな無人島群。島が遠くから見ると緑に覆われ、アジサシの営巣地になっている為、上陸が禁止されている
 この島をいつも船浦や上原から眺めていた物の、行く機会がなかったので今回はその願望を叶えられるのだ。
 だが、実際行ってみると、ここでも台風13号の影響か、緑が落ち、サンゴの岩が剥き出しになっていて、それほど期待していたほど面白い景色ではなく、ただの(サンゴ岩が波で浸食されてできた岩の塊)のように見えた。おまけに干潮で浅くなっていたので島と島の間で座礁してしまい、なんだか溜息が出た。 写真もそれほど撮ることもなく、早々に漕ぎぬける。
 鳩パナリからは、バラス島を目指そうと思ったが、時刻も昼になり腹も減ったので、上原のまるまビーチに上陸する事にした。
 西表島で最も栄えている場所はどこかと言われれば、上原だ。
 現在は上原港が西表島西部の玄関口になっている事もあるが、それ以前からダイビングショップや民宿が多数あった上原は、西表島の繁華街である。そのメインストリート(?)の中心にあるのが川満スーパーで、ここに行ってだいぶ食べてしまった非常食とビール、そして昼頃に行ったのでちょうど弁当が売っており、久しぶりに贅沢しようと弁当を買ってしまった。
 買出しが終わり、店の前のベンチで弁当を「うま~」と食べていると、知っている顔が前を通った。大学を休学して西表島で観光カメラマンの仕事をしていた時の先輩がここの若旦那で、向こうからこっちに気付いて声をかけてくれた。 
「あっしぇ~、相変わらず冒険チックなことしているな!」
 ちょっとの会話だったが、知っている顔に出会えるのは嬉しい。
 弁当を食べ終え、公民館のトイレで水を少し拝借し、カヤックに戻った。
 カヤックのあるマルマビーチに戻ると、なかなか通常ならカヤックを出すのをためらうほどの風が正面から吹いてきている。陽射しは刺すように強いが、風は波を作り、砂塵をあげていた。 
「でもまぁ、行けるな」
 向かい風の中、カヤックを沖に見えるバラス島に向ける。
 バラス島はサンゴの死骸、「バラス」だけによってできている島で、台風などによって常に形が変わっているが、なくなる事はない島だ。西部の多くの業者がシュノーケルツアーをここで行っている。僕が働いていたカヤックショップでもカヤックでここまで漕いでシュノーケルをし、ヒナイサーラに行ったり、沖の鳩間島に向かったりしていた。今回の僕の予定もこのバラス島でシュノーケリングをし、その後鳩間島に向かう予定だ。
 バラス島は通常ツアーでも30分ほど漕げば行ける。ところがこの日は風がやたらと強く、全力で漕いだというのに40分近くかかってしまった。
 ダイビングの舟が何艇か係留していたが、風の関係で泊められる所が限定されている。その隙間を縫うように接岸し、荷物満載で揚げる事ができそうもないカヤックを、ウエイトをアンカー代わりにして泊めた。
 波打ち際でピチャピチャやっているシュノーケリングツアーのお客を尻目に、沖にあるドロップオフまで泳いで行き、潜る。 ウエットスーツを着ていないとは言え、ウエイトなしではいつもより潜水がダルイが、ジャックナイフをゆっくりと、しっかり行えば深く潜れる。
 バラス島周辺は予想通り、台風のためにかなり景色が変わっており、僕が知っていたころのバラス島とはだいぶ違っていた。しかし珊瑚は崩れても地形自体はそれほど変化がないのでポイントはつかめた。餌付けされている為か、ノコギリダイやアカヒメジがムチャクチャに寄って来て、穴の中にいるはずのアカマツカサが夜でもないのに表にいるのは、ちょっと不思議な光景だった。

 

 30分ほど遊び、バラス島の観光客もいなくなった3時過ぎにカヤックに乗って鳩間島に向かった。
 鳩間島は別に寄らなくてもいいのだが、せっかく八重山一周を企てているのだから、せっかくなので行っておこうと、なんとなく惰性で行くことにした。お金に余裕があるなら鳩間島に泊まった事はないので民宿にでも泊まりたい所だが、それほどゆっくりする理由もないので通過のみとした。
 1時間もあれば着くと思っていたのだが、これが思いのほか風が強く、海が荒れ、時間を喰って1時間半かかってしまった。昔参加した西表島~鳩間島間のレースでは40分で行けたというのに、バラス~鳩間島間に1時間半は、けっこうな誤算である。ファルトという事もあるが、確かにこの時の向かい風には苦労した。
 鳩間島の港に入ると、それまでの向かい風は止み、ベタ凪の中を漕いで行く。港内だというのにウミガメがおり、僕のカヤックにビックリして「とぷんっ」という音と共に消えた。
 4時過ぎ、鳩間島到着。
 鳩間島は原作「子乞い‐沖縄孤島の歳月」のドラマ、「瑠璃の島」や漫画「光の島」で有名な島だが、事実、夕暮れの迫る港では学校が終わったのか、多くの子供たちが遊んでいた。
 カヤックから降りて集落をぶらつくと、観光客と思われる女の子達がチラホラ目立つ。しかしどの子も不思議系オーラを発していて、等間隔で海を見ながら座り込んだり、寝転んだりし、本を読んだり甲羅干しをしたり、物を書いたりしている。
 なにか内地での現実社会から癒しを求めてこの島にやってきたのか。
 僕のような魚を銛で突きながらゲリラ的にキャンプをしている野蛮人とは縁遠いような空気があるものの、ちょっと彼女達の経緯に興味があったのでお話をしたかったが、そんなやじ馬根性で滞在するわけにもいかず、10分ほどで出発した。
 鳩間島行きに無駄に時間がかかったため、今日も目的地についても食料調達の時間は厳しそうだ。鳩間島から西表島北先端にある星砂の浜までも、追い風なので楽勝で行けると思っていたのにうねりがひどく、正面から西日があたり、なんともきつい航海となった。
 中野近くの岬まで漕ぎ、そこから星砂の浜に入り、観光客に「あれはなんだ?」という目線を送られながら、さらに西に進む。
 そこからウナリ崎を目指すが、ここのリーフが狭いので、絶えず横から波を受けながら漕ぎ進む。ブレイスをかますほどの横波ではないが、正直ウザくて、難儀だ。
 5時半過ぎ、6時に近い時刻に今日のビバーク予定地であるミミキリの浜に着いた。
 上陸しようと思っていた場所には多くの女の子達と男一人がいて、上陸していいかと聞くと、別に良いんじゃない?という曖昧な返事をもらったので上陸。話を聞くとここの住民ではなく、ただの観光客で、民宿に泊まっている人達でここまで来たらしい。ナルホドね。
 彼らにかまうことなく上陸してカヤックを揚げ、テントをどこに張ろうかウロウロしていると、彼らはいつの間にかいなくなっていたが、その後も代わる代わる観光客がやって来て浜で海を見たり、沈みつつある太陽を見たりしていた。
 あまり観光客の来ない浜だと思っていたが、現代の情報網の中ではこのマニアックな場所も隠れたポイントとして紹介されているのだろう。まぁしかたない。実際ここは道から入れるし、観光客の多い西部なのだ。
 上陸したのが遅かったせいか、テントサイトを物色している最中に夕日は正面の海に沈んでいった。この旅で初めてまともな夕日を見た。

 そのまま浜にいる観光客と一緒に見惚れていたいところだが、そんな暇は単独行キャンパーにはない。面倒臭いのでこの日は雨も降りそうもないのでタープだけ張って寝る事にし、少ない流木をあちこち歩いて探し回った。
 パドルをポールにし、シェルターのようなタープを張り終えると周りは薄暗くなった。懐中電灯の明かりで流木を探し、焚火を起こした。
 この日の夕食はバラス島で拾ったヒロセガイを使った貝飯と、具なし味噌汁。実に質素だ。
 しかし、何といってもビールがあった。米原のキャンプ場を出てからまだ3日しか経っていないが、それでもこのビールは格別な味がした。正直、温くてもいい、発泡酒でもいい、とにかくビールの味がして炭酸があって、アルコールがあればいいのである!冷たいなんて、贅沢だ!!
 そんな幸せな一人の世界を堪能していたのも束の間、懐中電灯の明かりが近寄ってきた。 
「こんばんわー」
 どうやら最近流行の「夜の生き物ツアー」的なツアー客とガイドらしい。こんな浜で何をウンチク垂れるのか、ちょっと気になったが、まぁ、どうでもイイや。僕も昔、似たような事やっていたが、それはもっとここではどうでもいいよ。
 遠くで懐中電灯の明かりがチラチラするのを横目に、僕は焚火を肴にチビチビ飲み、彼らが帰った10時頃、タープの下でシュラフに包まり、砂まみれになって寝た。
 

10月21日 北東の風4~6m/s 曇りのち晴れ

 

  6 時半に起きる。空は少し曇っていたが雨が降る気配はなさそうだ。
  ウエットスーツに着替えて目の前の海に入った。
  この周りは西表島でも北に突き出たウナリ崎の近くで、潮通しがいいので魚が多いのだ。朝から潜って魚突いてもしょうがないのでカメラを持ち、リーフを越える。けっこうリーフ内に波が入ってきているうえに、リーフ内の魚影が薄く、「あれ~??こんなんだったっけ??」と心配になったが、そんな心配は無用だったと、リーフエッジに出てすぐに思った。
  干潮時には干瀬になると思われる、開けた浅場を越えるとバリが現れる。そこを覗くと、これがまた、魚がでかい!
  ゲンナーやアーガイなどのブダイも 50 ㎝以上はあるし、ゴマフエダイやオキフエダイなどの大型のフエダイ類も多く見られる。 足下を 1.5m ほどのサメが泳いでいったかと思うと、正面の表層付近に馬鹿でかい丸太みたいな物が見えた。何かと思えばバラクーダ!悠にメートルは越えている。
  なかなか壮観だが、魚との距離はけっこうある。写真を撮ろうとしてもなかなか近くには寄れなかった。
  それにしてもここは地形がダイナミックで面白い。起伏が大きく変化し、珊瑚の切れ目が延々と沖に向かってつながって行く。魚影はでかい魚がボツボツといるといった感じで、派手さはないが、質実剛健な海といえる。ここで初めて僕はマダラタルミを見て、写真も撮ることができて嬉しかった。
  8 時にはあがろうと思っていたのだが、ちょっと長居しすぎて 9 時過ぎにエキジット。
  お茶漬けの朝食をとり、パッキングそして 9 40 分に出発した。
  リーフから出て南西に漕いで行くと、西表島一周の際はパイミ崎の次に難所と言われるウナリ崎を通過するが、風向きのせいかとっても穏やかで、海も海底の様子が上から見えるほどだった。地元で『お化け屋式』と呼ばれている太陽の家を横目に見ながら浦内川の河口にあるアトク島を見に行く。
 これといって別に何ともない岩の島なのだが、この島にキャプテン・クックが財宝の一部を隠したという言い伝えがあり、あるおじさんは一生をかけてその財宝探しに心血をそそいだようだが、見つからなかった…という話を聞いたことがある。
  実際の島はそんな財宝を隠すような島には見えないのだが、絶壁に囲まれた島は、見方によっては特別な物のようにも…思えた。
  浦内川河口から星立、祖内間は、陸からは行くのが難しい海岸線が続くので、この場所も見ておきたかった。背後に崖を持つこのあたりの海岸は、なかなか良さそうだ。河口だから透明度はあまり期待していなかったのだが、意外にきれいで、サンゴも非常に発達している。今回は出発したばかりだから先を急ぐが、一度キャンプしてみたい場所だ。
  星立、祖内は西表島でも最も古い集落といわれていて、国指定重要無形民俗文化財にも認定されている「節(しち)」祭や、この地域独特の方言など、西表島には珍しく昔からの伝統が残っている。西部の集落の中でもひっそりとした雰囲気があり、観光地ではない、あくまで地元のコミュニティーだけの存在、といった感じの部落だ。海からその立地条件を見てみると、深い湾と、遠浅のリーフに守られていて、台風などの天気が荒れた時にも安心していられる場所だろうと予想できた。昔の人が、何故この場所を選んで集落をつくったのか、理解できる。
  祖内はブザシと呼ばれる祖内崎のくびれに集落が集まっており、その南側の祖内港がある側に上陸し、「星砂スーパー」に買出しに行く。買出しといっても特に買う物はなく、ただ無人の浜などでキャンプをしていると、こういう売店に行きたくなってしまう物なのだ。菓子パンとコーヒー牛乳を買ってカヤックを泊めた場所に戻り、砂浜の木陰で昼食にする。本当は西表島に一軒しかないラーメン屋で久しぶりにラーメンを食べるつもりだったのだが、あいにく臨時休業でしばらく開かないとの事だった。残念。
  祖内から白浜までは、風に乗って楽々と進む事ができた。
 赤崎という、名前のとおり赤い岩でできた岬を回り込むと白浜港が見えてくる。白浜は西表島にある県道 217 号線の最西端で、ここから先は道路がなく、船でしか先に行くことが出来ない。とりあえず上陸しようか迷ったが、まだしばらくこのあたりにはいるから今度にしようと、先を急ぐ。
  白浜からちょっと奥に行った所に、仲良川という川がある。
  西表島西部のカヤックショップなどはよくツーリングツアーに使う川で、白浜から近いのと、上流に立派な滝があるので人気があるのだ。
  ところが僕は西表島生活も長かったというのに、この川に行った事がなかった!この辺りにもよくカヤックを漕ぎに来たが、その先にあるクイラ川や、その途中にある水落の滝などにしか行った事がなく、仲良川はまだ未漕だった。前出の通り、今回は行った事がない所を巡る旅であるので、予定としてもちろん行くことにしたのだ。
  時間は最干潮。潮筋くらいは読めると思っていたのに、いきなり河口付近で座礁…。よほどカヤックガイドとは思えない醜態。カヤックから降りて歩いて深場まで向うが、干潟の砂が柔らかくてズボズボ足がはまってしまう。サンダルを脱いで素足で舟を引っ張り、歩く。
  やっとの事で本流筋に出て、深くなったと思ったら、干潮だけあって逆潮だ。つまり、ちゃんと川として流れているのを、無理やり漕いで遡って行くのである。
  西表島の深い山を、これまた深く、抉りとる様に蛇行しながら流れる川を昇っていく。四方を森に囲まれ、ヤエヤマヒルギやオヒルギのマングローブ林を見ながら漕ぎ進める。僕にとってはもはや珍しくない光景になってしまったが、内地から来たばかりの人にとっては日本離れした衝撃的な光景だろう。僕も初めて西表島に来てマングローブの中を漕いだ時は、あまりの自然の濃さに感動すらしたものだ。
 だが、この時の僕は、ただひたすらにパドリングマシーンと化して、黙々と漕ぎまくった。なにしろ潮の流れが予想以上に強く、渾身の力で漕ぎまくってもちっとも進んでいる気がしない。途中でルアーを投げている釣り客とガイドに会ったが、エレキモーターで進む彼らと、人力でムチャクチャに漕いでいる僕とには、何か価値観の相違を感じずにはいられなかった。むしろ僕もどちらかといえばあちら側の人間だと思っているので、「何俺はこんながんばっているのだ?」と冷静に感じ取ってしまった。
  釣り客は釣れた 30 ㎝近いナンヨウチヌをリリースした。あー、もらえば良かった…。
  思いのほか時間がかかり、 1 時間半ほどでなんとかカヤックを泊める桟橋に到着。
  そこから早足で山道を歩いて滝に向う。
  普通なら、ゆっくりと森の表情を感じとるようなトレッキングを楽しんで、目的地の滝まで行きたい物だが、通常の人が一日かけて行くところを、半日で僕は行こうとしているのだ。おのずと急いでしまう。まっすぐな、足場のいい場所は走っていた。
 20 分ほど歩くと、隣に流れる川の音とは違う、水の落ちる音がしてきた。転がった岩の上に木が生い茂っているような場所を、縫うように這い登ると、正面に滝が見えた。
 仲良川の滝。写真では何回も見ているが、目の前に落ちる滝は予想以上に大規模なモノで、肉体疲労のカタルシスを得るには十分なシロモノだった。
  滑りやすい岩棚を登り、滝のすぐ下まで行って記念写真を撮った。

  陽射しは強く、走るように歩いてきたので体は火照っていたが、滝からの飛沫であたりは非常に涼しく、川の水も冷たかった。滝壷で泳ごうとマスクとシュノーケルも持って来ていたが、どうも入る気がせず、泳がずに衣類を洗って少し水を浴びる程度にとどめた。もう夏ではないということか。
  30 分ほど遊んでから、来た道を戻る。
  今度は 15 分ほどで戻り、カヤックに乗り込み漕ぎ出す。上流部は流れが緩いので先ほどよりも自分が進んでいる気がする。ガンガン漕いで先を急ぐ。
  ところが川が蛇行を終え、直線が多くなってきた頃、向かい風が強くなってきた。しかも今度は潮が満ちてきたから再び逆潮となっている。勘弁してくれ。風も通常ならちょっとためらう強さで吹き込んでおり、帽子が飛びそうだ。
 途中、滝に向かっている時に出会ったパーティーに出くわす。お客さんもガイドもタンデム艇に乗っているが、明らかにお客さんの漕ぎ方はぎこちなく、この風では途中でばててしまう様な様子だった。
 助けようか?とも思ったが、そんな義理はない。カヤックに乗った以上は自分達で責任を取りなさい、というか、ガイドの腕の見せ所だな~と、まったく他人事のように考え、横からスーッと、軽く挨拶だけして抜いていった。
  やっとの事で川から出て、そのまままっすぐ船浮の方に抜ければ良かったのに、何故か白浜に寄っておきたくなった。
「ビールが俺を待っているぅ~ッ!!」と叫びつつ、まだまだ向かい風の中を妙なテンションで漕ぎ進んでなんとか白浜のスロープにたどり着いた。
 売店で発砲酒を買い、放心状態のまま一気に飲み干した。うめぇ。
 再びカヤックに乗ったのは 5 時をまわっていた。ビールなら船浮の集落で買えばよかったのじゃないかと思ったが、まぁそれは置いといて、急いで今日の目的地であるイダの浜に行かなければならなかった。
  内離島の南端を通り、船浮湾にでる。そのまま船浮には寄らず、桃源崎を回って船浮の裏にあたるイダの浜に上陸したのは、すでに 6 時前だった。
  イダの浜には数年前にビアガーデンができてしまい、それ以来キャンプがしづらくなったと聞いていたが、すっかり忘れていた。というか、もう限界です。かなり疲れました…。浜のはじっこの方に行き、アダンに寄りかかるようにテントを張り、カヤックを運び上げた。
  明るいうちにと船浮まで行き、売店でビールを買う。ついでに卵があったので、バラ売り出来ないかと聞いたら、一個 20 円だと言うので 4 個ほどもらう。
 流木を集めて焚火をし、この日の夕飯は卵かけ御飯にとき卵の味噌汁。奮発してサバ缶も開けた。これが美味すぎ。自給自足でも何でもないが、このとき食べたサバの水煮は恐るべき美味さで、「サバに優る魚はいない!!」と、かなり本気で思った。
 
  ついでに、今回の旅の炊事の流れを書いておくとしよう。
 まず、焚火を起こしたら、火の勢いが強いうちに大きなコッヘルでお湯を沸かし、その間に小さなコッヘルに米を入れて磨いでおく。お湯が沸いたら麦茶パックを入れ、 2 分ほど煮立てたらシグボトルにいれておく。これが明日の飲料水になる。前日の残った麦茶は泡盛の 3 合ビンに入れ、夜の飲料用か、翌朝のお茶漬け用にする。  火が落ち着いたら米を炊きはじめ、大きなコッヘルで魚が獲れた時はアラ汁に、ない時は具なしのスープを作る。
 御神崎に金網を置き忘れてきてしまったので、西表島に着いてからはほとんど直火で煮炊きをしていたので火加減は調節するのは難しくはなったが、微調節はしやすくなった。
 金網がなくなって一番困ったのは魚を焼くときだ。そのため後半はアルミホイルに包んでホイル焼をすることが多かった。
 ホイル焼きは焚火の下に穴を掘って、砂で埋め、その上で火を起こして蒸し焼きにした。ホイルがなくなると串をうって、イワナの様に焼いた。
  このような感じで 1 日の終わりの仕事をすると、もう何もする気がせず、食後のあとかたづけは翌日の朝にまわし、焚火を少し大きくして寝転がって酒を飲んだり、三線を弾いたりして過ごした。
  この日も夕飯を食べるとビールも飲めたことだし、魚も獲ってないのに幸せな気分になり、 1 日の疲れでウトウトとまどろんでくるのである。
 退屈で暇だナーと思っていたのは最初のうちで、この頃になると焚火の炎を見ているだけで時間が過ぎていった。色々と考え事をしていると思うのだが、自分では無意識なのだ。
  昔、この浜でキャンプした時の事を思い出し、星空にアダンのシルエットを見いだし、頃合を見てテントに入った。

10月22日 北東の風3~4m 晴れ 

 

 朝起きると、奇跡ではないかと思うくらい、風がなかった。
 夜露がテントのフライを濡らし、それを乾かすのに時間を使いそうだ。
 テント以外の荷物をパッキングし、水がなくなりそうなので船浮で補充してから出発することに。
 パッキングしている最中、観光客の兄さんが一人やって来て、記念写真を撮ってもらった。  
「アドレス、教えてもらえませんか?」
  兄さんの唐突な質問に困惑し、自分はパソコンを持っていないと説明した。いくらなんでも会ったばかりの人に自分のアドレスを教えるほど、僕は御人好しではない。  
「そうか…、じゃぁ写真は送れませんね」
  え?そういう事だったの?今更パソコンを持っていて HP まであるとも言えず、ちょっと人を疑ってしまった自分に自己嫌悪。
 その兄さんと、一緒に来たという男と、 3 人で船浮に向う。
 2 人は広告代理店の仕事でビーチを探しているという。撮影機材を車で持ち込めて、長い砂浜が良いと言っていたが、ここ(イダ浜)は、条件はいいけど、船で渡らないと来られないので、出来れば車だけでいける場所がいいと言うので、南風見田浜、トゥドゥマリの浜(月が浜)の他に、数箇所ビーチを教え、港で別れた。
 トイレで水を少々拝借し、浜に戻って出発した。
 朝起きた時同様、風がほとんどなく、海はベタ凪だった。
  船浮、イダの浜の前は湾になっているということもあるが、この日は、それまで見た事もない鏡のような水面に心が躍った。ミントブルーの海底にカヤックの影が写り、まるで空の上に浮かんでいるようだ。
 上機嫌で漕いでいると、サンゴ礁が見えてきて、これまた立体的に見えるようになって更に空中遊泳しているような感覚となる。 
「これだよ、これ!」
  思わず顔がにやけて、南国のカヤッキングの醍醐味を感じる。水面には沸き立つ入道雲が映し出され、その絵をカヤックの進む波紋が揺らがしていく。

 
 

  内離島と外離島の海峡を、潮が満ちている間に渡ってしまう。
  水深 30 ㎝の場所をカヤックは滑るように疾走していく。海底にはアマモの草原が広がっていた。
  ルート的にはイダ浜からサバ崎を回り、崎山に行ってしまってもいいのだが、せっかく一人で西表島の無人地帯にいるのだからと寄り道をすることにしたのだ。くしくも「沖縄カヤックセンター」のツアー御一行様は僕よりも先に西表島を周ってしまったようなので、これといって急ぐ必要もなくなったのである。
 外離島には 3 つビーチがあり、そのうち 2 つは寄った事があるのだが、残りの外洋に面したビーチには行った事がなかった。この外離の外洋リーフは、地元の海人も太鼓判を押すほど、良い漁場だと聞いていたので、前から行ってみたかった。

  外離島は島のほとんどが断崖絶壁になっていて、今も昔も無人島だ。真珠養殖の事務所跡と一人裸のオジィが住んでいるが( EXPEDITION ・漕店便乗西表半周記参照)、遠くから見る外離島の様相は、南洋の孤島のように迫力がある。その絶壁の下に目的地の浜があり、ここにいったん上陸し、ウエットスーツを着こんで潜った。
  ここでは武器を持ち、大物勝負。「ミーバイ縛り」とした。つまりハタ類(マダラハタ、スジアラ)しか獲らないと決めての潜水である。
  この場所は地形が話しに聞いていた通り、非常にダイナミックで、何よりバリが発達して迷路のようになっている。透明度も非常に高く、かなーり、遠くにある根も見る事ができる。迷路を一つ一つ見て回ると大変で、骨が折れたが、どれも魚が入ってそうな穴ばかりで困る。実際、 50 ㎝くらいのアーラミーバイと睨めっこしてヤスを放ったが、惜しくもばらしてしまう…!
 アーラミーバイ(マダラハタ)は、サンゴ礁の上を泳いでいると、突然現れて、「ビュッ」っと、泳いで来たと思ったら、すぐに穴に入ってしまう。その穴を覗いても、あまりにも狭かったり、曲がっていたりして見つける事ができない。獲れるとしたら、出会い頭に一発で決めないと難しい魚だと思う。だからこそ、そのチャンスをモノにできなかった事が悔しい…。
  結局この時、魚と勝負したのはこれだけで、あとは全然駄目。ボーズで終了となった。
 それにしてもここは透明度がすごい。
 一匹、これはでかい…というアカジン(スジアラ)が、バリの通り道を沖に向って泳いでいくのが見え、追跡しようと試みたが、潜っても潜っても追いつかない。いつの間にか付けている 12m のブイロープもかなり引っ張ってきており、見上げると、すげぇ上に海面がある。一体あそこは水深何メーターあって、あのアカジンは何センチあったのか??ダイコンがない僕には何とも言えない…。
 3時間ほど潜っていた。陸に上がると曇り空で雨もぱらついてきた。
  この先、どこに行こうか迷ったあげく、正面に祖内の集落が見えたのでいったんそこまで戻り、嗜好品を買って行くことに。
  祖内からは外離島の外側、つまり外洋を漕いで行くことにした。外離の外洋リーフは荒れやすく、サーフも立つとでかい。その為、穏やかな時しか行けないのだが、この時はだいぶ穏やかな日だと思うが、それでもサーフが重なる所はなかなかの迫力があった。波が崩れる所を陸からではなく、沖から見ると、波が通過するときにその中にあるサンゴが、波の背中ごしに見えて面白い。サーフィンの映像でよく水中からサーファーが波に乗る瞬間を撮っている物があるが、あれに近い景色を見る事ができる。
 いったんサーフを横切ってリーフの中に入り、外離島にあるシャワーポイントに行く。岩清水が滴る場所があるのだが、あいにく水は少なく。チョロチョロ程度であった。だが、そのあたりだけ海底のノコギリモクがすごくて、パドルによくまとわりついた。
 サバ崎のはるか沖を通過する。サバ崎から白浜にかけて、きれいな虹が見えた。
 サバ崎は通称ゴリラ岩と呼ばれる場所があるのだが、この時はなんだか知っているゴリラ岩には見えなかった。沖を漕いだからかもしれないが、ちょっと地形が変わってしまったのかもしれない。なにしろ台風13号の影響の大きさをマジマジと見てきた旅だけに、気に掛かる。
  網取湾に入る。 網取は昭和初期まで村があり、人が住んでいたが、今は東海大学の研究施設があるのみだ。研究施設は網取湾の入口付近にあるが、網取湾の奥には川が流れ込んでいて、穏やかな場所がある。ここの無人の浜にはしばらく「西表のターザン」と呼ばれていた、知る人ぞ知る恵勇爺が住んでいた。
  以前、西表島のカヤックガイド本郷さんから「網取湾の奥に、こじんまりとした、いい浜があるんだよ~」と言っていたのを思い出し、今日はそこに泊まろうとかなり奥まで漕いで行く。だが時間もすでに4時半を回っており、はやくテントを立てたかった。
 多分これだろうという浜に着いたが、この時は大潮だった為、浜がほとんどなくなってしまうような感じだった。おまけに浜の奥は漂流物で埋め尽くされており、とてもテントを張れる状態ではない。それに川があるのでモッコウがいそうだ。諦めて、以前網取に来た時にテントを張った場所に行く。
 ところがここも浜が狭く、テントを張るにも、傾斜の場所しかなかった。浜の端に川が流れており、そこの河口はかろうじて砂が平だったので、風が少しあるがここに決める。他の場所に比べて、この浜のモンパに葉っぱがあって元気そうだ。
  到着したのは5時過ぎ。
 しかし今日は魚を獲らないとおかずがないので、 6 時までの 30 分一本勝負で無理やり出漁。
  ところが日は差さず、濁りもあって薄ら怖かったものの、魚はいて、しばらくしてリーフ内でハーサチヌマン(ミヤコテング)をゲット。その後、リーフのドロップオフの底付近で潜水して待っていると、ナポレオン出現。さすがにこいつは無理だな…と、観察していると一直線にこちらに向かってくる魚アリ。  
「アオチビキ!」
  40 ㎝くらいで小さかったが、尋常じゃない寄り方に遠慮なく頂きました。えらい暴れたけどアオチビキゲット!もうこれで満足と岸に戻ることに。所要時間 20 分。獲れるときはアッサリ獲れるものだ。
  だが、ここでハプニング。
 浜に戻る帰りに、カスミアジと遭遇。
 この旅で、僕はその日の食料調達以外の目的では魚は獲らないと決めていたが、その規律を破ってでも獲りたい魚がいた。それがガーラと、アカジンだ。こいつらだけは、たとえ食料が十分にあったとしても、チャンスがあれば獲りたいと思っていた。
 目の前には大きくはないが、それでも 60 ㎝ほどのカスミアジ。のんきにあくびなどしている。しかもご丁寧に横を向いて。  
「ここで突かずして、どこで突く!」
 自分は水面に浮いている状態。水深はたったの 3 4m 。距離もあともう少し詰めた方がいいけど、今の角度では当たる気がしない。このまま水面から打つか、それとも潜水して角度を水平にしてから打つか…。  ロウニンアジと比べてカスミアジは警戒心が強いイメージがあるので、変に刺激はしない方がいいと、距離をつめてそのまま打つ!
  が、  外す…。 
「…。」
 悔しいというより、あの状況で獲れない自分が恥かしい。しばらく周りをウロウロしたが、日も暮れかけてきたし、おかずもあるので岸に戻る。まぁ、無暗に当てて、ばらさなかっただけイイかと、自分を納得させた。
 この日の夕飯はアオチビキの刺身に、ミヤコテングのニンニクまみれホイル焼き。久しぶりに自分で獲った魚を食べるのは美味い。ミヤコテングも尋常じゃない脂の乗りで、ホイル焼き効果でホクホクに。アオチビキの刺身は島レモンをかけて喰ったのだが、これまた絶品!バクバクと生の切身を頬張った。
 この浜は流木があたり一面にあり、しかも使いやすいサイズ、表面のきれいな白化した物が多くて、焚火は楽しかった。
 天気は昨日までと違って風が常に吹いているというよりは、午後から吹いてくるような感じだった。雲があちらこちらに出来てきて、少しそれまでとは変わりそうな雰囲気になってきている。でもまぁ明日のパイミ越えは大丈夫だろうと、安心する。
 ついに明日は西表島の核心、パイミ越えと、風と絶壁の南西部だ。おのずと気持ちも高まる。
 ヘタクソなハープを吹き、やっぱりすぐに飽きてテントの中に入り込んだ。