⑤ 海を歩く、山を越える
春休みになると大学の探検部やワンダーフォーゲルたちが西表島に大きな荷物を担いでやってくる。一人旅をする若者が少なくなっている最近でも彼らみたいのがいるとなんだか嬉しく思う。
そんな彼らが西表島にやってくる目的は様々だが、王道としてあるコースが二つある。一つは西表島横断道を歩くこと。そしてもう一つが南海岸を歩いて船浮に抜けるコースがある。
県道南風見白浜線のどん詰まり、南風見田浜から先は道路がない。この自然海岸を歩いて鹿川湾まで行き、そこから山を越えて網取湾のウダラ浜まで行き、そこから海岸沿いに歩いて陸の孤島、船浮に抜けるという物。鹿川から山を越えずに沿岸をひたすら歩くやり方もあるが、昔からショートカットの山越えの道はできており、西表島の無人地帯を歩いて行くこのコースは一部のマニアックな西表島ファンに愛されているルートだ。
歴史をさかのぼれば無人といわれる鹿川、網取、崎山などにも集落がありそれらを結ぶ山道が存在した。また戦後間もないころは林業が行われていたこの地区では切った木材を海に下すためや山に入っていくためにも使われる道があった。今残っている山道はその道を再利用していることがほとんどだ。この歴史は全国のトレッキングルートに共通することだろう。
南海岸も鹿川集落と南風見集落(豊原とは異なる南海岸にあった集落)を結ぶために歩かれており、双方の集落から恋人が歩いてきて途中の浜でデートをしていたという物語も残っている。
西表島のアウトドアガイドをやる上で、誰もが一度はこのルートを歩いたことがあるという経験があるが、どういうわけか僕は一度も歩いたことがなかった。鹿川や網取自体はもう何度も行っているが、それはいつも船かカヤックで行っており、あえて苦労して歩いて行く気になれなかったのだ。
今回、仲良くなった友達が島を去る前に一度このルートを歩いてみたいというので、「やったことないし、いっちょやってみるか!」ということになった。当初は6人で行う予定だったが島で暮らしていても皆さん仕事があるわけで提案者の女の子Nと、崎山にいっしょに行ったⅠさんと3人で行くことになった。
歩いて鹿川に行く。
なんか、新鮮な感じがして久しぶりにワクワクしてきた。
◆第一日目
南風見田浜→鹿川浦浜
当初出発予定だった4月25日はあり得ない大雨が降って朝から土砂降り。キャンプ場の管理人さんにも心配されるほどだったが、ここはガイドらしく英断をくだし中止した。日程的に一日予備日があったので翌日出発に切り替える。
翌日も、天候は良いとも悪いともいえない曇り空。ただ、出発を延期したのだけは正しいことだと3人納得しての出発だった。
8時半に出発し、まずは浜が続いているナイヌ浜まで歩いて行く。現在「南風見田浜」と呼ばれている浜は昔スタダレーと呼ばれており、スタダレー、ボーラ、ナイヌとまとめて「ナイヌ」と一つにされていたようだ。ちなみに現在東屋のある場所に流れ落ちる滝をスタダレーの滝と呼び、名残がある。
大きな砂浜はナイヌで終わり、ここから先はゴロタの転がる岩場を歩いて行くことになる。琉球石灰岩ではなく、砂岩の堆積でできたバームクーヘンのような岩は独特の模様を浮かべている。学術的には八重山層群という地層の岩のようだ。削られてきれいな球形をしたものはまるで木星のようだ。ガイドっぽく「これがジュピター岩っていうんだ」というと、真に受けてNちゃんが感心している。いやいや、冗談だから。
30分ほど岩とびをしていると滝が見えてくる。ツアーでもたまに来る滝で、海の上からでもよく見ることができる。昨日の大雨でかなり水量がある。この感じだと、普段なら素通りするような水の流れにも滝ができていそうで期待が持てる。
この頃になると潮が引いてきて、狭くなっていたリーフが白波を立てている。岩とびは疲れるので浅くなったリーフの上に降りてそこを歩いて行くことにする。
南海岸を歩くうえで一番効率的で、かつ面白く興味深いのはこのリーフの上を歩いて行くことができる点だ。潮が引いた後のリーフはほとんど平らなので歩きやすいのだ。
リーフというのは造礁サンゴが作り出した石灰の塊で、西表島の沿岸にはこれが発達しており天然の防波堤のようになっている。大潮の干潮時には干上がったこの上を歩いて行くことになる。沖縄の人はこのリーフの上を夜歩いて潮干狩りをするのをイザリという。春の潮では昼間が大きく干上がるので今時期は歩くのにもってこいなのだ。サンゴの上を歩くといってももちろん生きたサンゴではなく過去のサンゴの死骸の上を歩くといった方がいい。しっかりとしていて脆くはなく、実に歩きやすい。沿岸に沿ってきれいに浮かび上がったリーフの上を歩いて行けば目的地まで行けるといった寸法だ。これで一気にスピードが上がった。
10時半ごろ、トーフ岩到着。
この岩は見る角度によっては真四角に見えるために「トーフ岩」「サイコロ岩」と呼ばれ、本来はギシャーマ岩(ウブヌピダギシャーマ岩)というらしい。とにかく南海岸の見どころの一つだ。記念写真を撮りまくる。
ここから先はひたすら歩いて距離を稼ぐ。たまに崖から落ちる滝などを発見すると近づいて行ったりカヤックで漕いでいて気になっていた地形を見に行ったりしていたが、基本的にスタスタと歩いて行った。
11時40分頃大浜(ウブ浜)到着。到着と言っても浜にあがったわけではなく沖のリーフの上を通過したというだけだ。この大浜を越えてしばらく行くとちょっとだけだがリーフが切れてしまう場所がある。このコースの難所、ロープ岩である。このポイントだけ断崖絶壁になりリーフが無くなってしまうのだ。ここを越えるのは3つ方法がある。一つは泳ぐ。もう一つはぶら下がっているロープに荷物を結び付けてから単身岩をよじ登る。そして荷物を回収するという方法。最後の一つが無難に山を巻くという物だ。この日は凪いでいたし、普通に考えれば泳ぐのが一番手っ取り早いのだがサメがいるというもっぱらの噂を怖がり、山越えのルートを知っておきたいということで3つ目の手段を選んだ。
山越えのルートの入口にはご丁寧にブイがぶら下げられており、わかっていれば見逃すことはない。そこに荷物をおいてロープ岩を見に行く。
ナーピャと呼ばれるこの場所は、浸食された奇岩でできており、見るだけでも面白い。よじ登って浸食されている場所に潜り込むと、実に眺めが良い。シーカヤックで来るのもいいが、歩いてくるのも面白いなとほくそ笑む。
昼飯を食べて13時半に山越え開始。
しかしここがえらいキツイ!急斜面の上に滑りやすく、荷物もそれなりに重いのでふくらはぎが攣りそうになる…。おまけにしばらく歩いていないのか藪がひどくてバックパックに引っかかりえらく面倒くさかった。
わかりにくい案内用のテープをたどって歩くこと30分、なんとか稜線にでた。ここで道が二つに別れてまっすぐ直進するとクイラ川に出る。折り畳みのカヤックがあれば川から帰れるがそんなものを持ってくる気にはなれない…。もう一つの道を稜線に沿って歩いて行くと沢に出るのでそれに沿って山を下りると再び南海岸に出ることになる。山越え自体に1時間ほどかかってしまった。こりゃ大変だ。泳いだ方が全然マシだと思った。
そこから再びリーフに出て歩いて行く。もう鹿川はもう少しだ。
Iさんはバールを持ってきていたので途中でギーラを何個か拝借しながら歩いていたが、後半あまりの重さにへばってきた。あとで手伝って持ったがあんな重い物もってよくも歩いたものだと思う。
16時、鹿川浦浜到着。三人で荷物を放り出し軽くなった体であたりを探索しだした。みんなで「やった~」などはなく、勝手気ままに行動するところはさすがだ…。ある程度のテンバを決め、僕は釣り、Iさんは磯物採り、Nちゃんは水浴びに出かけた。エギを投げていたものの前日の雨で釣れる気配はなく、Iさんが採ってきた貝で打ち込み釣りをするとスーミツガーラ(コバンアジ)が釣れたのでそれを餌にぶっこんでおく。結局その後魚は釣れなかった。
そんなわけで夕飯はIさんの採ったギーラをこれでもかと食べて就寝。ビールを忘れて島酒をキで飲んでいたら酔っぱらって寝てしまった。
◆第二日目
鹿川浦浜→網取ウダラ浜
起きたら結構いい時間で急いでギーラの味噌汁を作り、昼食のおにぎりを握って出発の準備をする。飯が食べ終わるとパラパラと雨が降ってきた。
鹿川からの山越えの入口は洞窟のある場所から奥に行ったところから行けると思っていた。ところがしばらく誰も来ていないのか完全に塞がれており、道がさっぱりわからない。別の入口を探すためにIさんと別れて偵察に出るが、1時間ほどしてやっと沢沿いの入口の標識ブイを見つけた。なんてことはない場所にあるものだ。その頃には本格的に雨が降ってきており前身はすでにずぶぬれになっていた。
道を見つけたらこっちのものだとズンズン進んでいく。昔から大学の探検部やワンゲルが歩いているためにビニールテープが目印に木々の枝にぶら下がっているのでそれを見つけながら歩いて行けばいいのである。ただ、通常は営林署のピンクテープが目印なのだが、この辺の物は正規の目印ではないので結構間違っていることが多い。途中、何度か見失いながら進んでいくと、途中で倒木により道がふさがれている場所に出た。この辺になると藪漕ぎが当たり前になっており、道なき道を切り開きながら前進していくのだが道らしきものがなかなか見当たらない。とうとうわからなくなり、荷物をおいてそれらしき藪に突入する。1時間かけてやっと山の鞍部に出ることができた。ブイと忍者タートルズの人形がぶら下がっており、一件落着である。2人を呼んで遅い昼飯。
休憩ののち、反対側に降りていくのだが、沢を降りていくうちに何だか知っている景色のような気がしてきた。よく見ると足跡まである。先行者が来ているのかと思ったがそんなわけない。
「これ、さっき来た道を逆走していないか??」
コンパスを見ると確かに方角が違う。焦ってUターンすると確かに知っている場所にでた。そこは先ほど道を見失った場所で、どういうわけか本来のルートに合流後、逆に来てしまったようだった。来た道を戻り、逆走したと思われる鞍部の逆を行く。目印があった。
「あっぶね~」
とんだ時間のロスだったが、本来のルートに出るとこちら側は明らかに道がきれいになっていた。冬の間、船浮や白浜の人たちが船で来てイノシシ猟の罠をかけているのだろう。ウダラ川と思われる沢に出ると、沢沿いにしっかりとした道ができており、そこを歩けばいいだけになった。
15時15分、マングローブが見えてきた。マングローブの林の中を歩き、川の浅瀬を歩いて行くと目の前に海が見えた。
15時30分、ウダラ浜到着。さすがにこの時は記念写真も撮った。雨の中歩いてきたがこの時は上がっており、晴れ間がのぞくこともあった。なかなかの達成感だ。
昨年9月に来たときと同じく、恵勇爺がいたヤラブの木の下にテントを張ることにした。タープを張り、ある程度荷物の整理ができると濡れて寒いので乾いた服に着替え、お湯を沸かしてお湯割りを飲むと、なんとなく一息つけた。カニを拾って釣りをするが何故か釣れない…。結局今回のトレッキングで僕は一匹も魚を釣らずに終わってしまった。
その夜は何も獲物が採れなかったので持ってきた食料を総動員してサバの水煮のチラシずしと魚肉ソーセージの味噌汁を作る。これが何故か美味い!普段は飲まない島酒のお湯割りもこんな環境だと美味しく感じてしまう。濡れてなかなか火付きの悪かった薪も乾いてきてやっとほっておいても大丈夫になってきていた。
タープの下にテントを二張りはって、その間に僕はマットとシュラフで寝ることにした。焚火の煙で蚊もそれほど寄ることなく、快適に寝ることができた。
ウダラ浜→船浮イダの浜
朝起きると快晴だった。
潮の関係であまり早く出てもしょうがないので11時出発に決めた。ゆっくりとコーヒーを入れ、朝食を食べた。
11時前になるとやっと干潟が現れ始めた。まだ深いところもあるだろうが待っていてもしょうがないので行くことに。場所によっては腰まで水に浸かるところもあったが、透明度が良いのでむしろ気持ちが良い。Nちゃんはあえて水の中を歩いていた。
この日はサバ崎の基部を岸沿いに歩いて行き、途中あるショートカットできるルートを山越えする予定だった。この場所は知っていたので問題はなかったが、ブイがぶら下がっていた木が倒れており、はた目にはわかりづらい入口になっていた。これだから西表島の登山道は怖い。入口にはその代り「ここよりイノシシ罠あり(11/15~2/15)」という看板があり、それだけ道がしっかりしていることを物語っていた。
途中、とても景色が良い場所があったり、気持ちの良い松林があったりして面白いルートだった。時間も思ったよりもかからず、寄り道しながら行ったわりには40分ほどで反対側に降りることができた。見事に潮が引き干潟を歩いて対岸まで渡れそうだ。
ここで一人男の人と出会う。この人はサバ崎をまわって沿岸を行くようだ。情報をある程度提供して別れる。
ここまで来ると携帯電話に電波が入るのでたまったメールが一気にやってきて、電話に出たりしていたら急に現実に戻ってしまった悲しみに一人包まれてしまった…。
13時20分。ウダラを出発してわずか2時間ちょっとでゴールのイダの浜に着いた。
イダの浜で簡単な昼食を食べ、その後船浮に行ってお待ちかねの生ビールを飲むことに。
僕のお気に入りは民宿はまゆうの二階にあるテラスだ。ここだと船浮湾が一望で来てなんとも気持ちが良い。3人でテラスにあがり生ビールを飲んだ。
天気も良くて最高だ。
15時30分の高速船で白浜に渡る。実は船浮はカヤックでしか来たことがなく、この時が初めて高速船に乗ることに。船長は西表島のイケメン歌手、池田卓氏だった。
白浜からはバスに乗って豊原の自宅まで。
バスからの眺めはこれまた違った趣でよかった。
このトレイルは55㎞ほどしかないのだが4泊5日もかけて歩いた。もう非常に素晴らしいトレイルでアウトドア先進国のやり方を目の当たりにした感じがした。それと同時に、ここの景観が非常に西表島に似ているように僕は感じたのだ。地質、植物、気候、すべて異なるのだがどことなく似ている。そして西表島にもこんな海岸線を歩いて行くトレイルがあれば面白いのにな…と思っていた。
で、よく考えてみたら今回歩いた南海岸のトレイルはまさにそんなトレイルだったような気がする。あまりにも整備はされてないし、自然のままであるのだがそれがかえって西表島では良いのだ。
トレッキングとは山を歩くというイメージがあるのだけど、景観が良く、人工物のない西表島ならば海岸線を歩くのも悪くないと思う。ましてや潮のリズムを考慮し、サンゴの上や干潟を歩いて行くなんて、こんな自然の中に入り込む要素のあるトレッキングコースがあるのだろうか??
あまりメジャーにはしたくないし、多くの人を連れて行くのはためらう場所ではあるけど、とっても面白いコースだと思います。あえてツアーにはしませんが興味がある方はお問い合わせください。