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⑤Lake Manapouri

■レイク・マナポウリ自力で横断、ダウトフルサウンドを目指す!

 フィヨルドランドをカヤックで漕ぐ場合、注目すべきサウンド(入江。実際にはフィヨルド)は3つあった。
 一つは有名なミルフォードサウンド(Milford Sound)。そしてカヤックツアーも行われているダウトフルサウンド(Doubtful Sound)。そしてニュージーランドのトレッキングコースで困難なことでは上位に入るダスキートラックの終点、もしくはアウトルートのダスキーサウンド(Dusky Sound。水路でBreaksea Soundとつながっている為、全体としてはかなり広い)である。
 ダスキーサウンドはカヤックを出せる場所からは遠く、とてもじゃないが今回のニュージーランド滞在では装備の不具合、情報の無さからやる気にはなれなかった。ミルフォードサウンドはレポートですでに書いた通りだ。最後のダウトフルサウンドがどうしても引っかかっていた。
 ツアーに参加すれば一番だが、キャンプツアーが基本になり、それに参加するほどの金はなくツアーに参加すること自体も…なんか嫌だった。どうせ行くなら地形図と海図から情報を読み取り、最小限の助言を聞いて自力で行いたかった。
 色々考えたあげく、一つの妙案が浮かんだ。
 ダウトフルサウンドはティアナウから南に数キロ行った街、マナポウリから船に乗ってレイク・マナポウリを横断し、西の端になる地下発電所のある場所からツアーバスに乗り、小さな峠(Wilmot Pass)を越えて入江の最奥、Deep cove に到るのが一般的な観光ツアーでのアクセスである。バスで行けるということはそれなりに舗装された道に違いない。後で調べると、マナポウリ湖の地下発電所を建造するために船をダウトフルサウンドにつけて、そこから資材を運ぶために作られた道のようだ。おかげで今はその道を利用して観光客をダウトフルサウンドに連れて行けるようなのだが、この道を使わない手はない。もちろん国道はこの道にはつながっていない。一応つながっているようだが、一般的に通れる道ではないようだ。 
「カヤックでレイク・マナポウリを漕いで行き、そこからカヤックをバラして歩いてダウトフルまで運ぶ。ダウトフルを漕いで、往復して帰る」
 そんな、今考えれば無謀と言えることを平気で考えて実行したのは、前からファルトボートの機動力を使ったルート取りで遠征をやってみたかったのだ。自分の能力を測るという意味の実験的な試みでもあった。
 
 2月9日、ケプラートラックを歩き終えた僕はいったんティアナウに戻り、これからの長期に及ぶ旅の食料を購入し、マナポウリに向かった。
 マナポウリはガイドブックにもほとんど書かれていないダウトフルサウンドの入口的町という以外、何もない町だ。道路標識を頼りにホリデーパークを探し、テントを張った。すべての物がびしょ濡れで話にならないのでシャワーを浴び、洗濯し、乾燥機に靴まで放り込んで乾かす。
 ケプラーでビールを我慢していたので久々に飲んだビールは美味かった。金はなくとも、こればかりは我慢できない。
 温かいリビングでコーヒーを飲みながら日誌を書き、カメラのバッテリーなどを充電し、明日からの荷物をまとめた。
 

出発前日。マナポウリ湖畔の黄昏

 
 計画としてはこうだ。
 2月10日。出発。マナポウリ湖を横断してWest Arm Hut宿泊
 2月11日。カヤックをひっぱりWilmot Passを越えてダウトフルサウンドに到る。
 2月12~14日。ダウトフルサウンド、ツーリング。
 2月15日。再びカヤックをひっぱって峠を越えてマナポウリ湖へ。
 2月16日。マナポウリ湖を漕いでマナポウリの街に帰還。
 2月20日から行われるというKASKファーラムの事を考えると、これでもギリギリの計算で、少なくとも4日間は南島を北上するのに欲しかった(道草の為)。だから途中で不測の事態が起きてビバークを必要とした場合、もしくは計画を諦めた場合、ダウトフルサウンドの行動日数を減らすことで日程を調整するしかない。
 「湖をカヤックで漕いで行くのはともかく、キャンプ道具と一週間分の食料を背負ってカヤックをひっぱりながら18㎞ある峠を越えるなんて、こんなの、無理に決まっているだろ!」と、つっこむ人が正常。
 だけど結構この時僕はマジだった。
 いや本当。自分の愚かさも知らず…。
 

 

■2月10日 (初日) 

 結局午前中は郵便局に行かなければいけない用やお金を下したりしなければならなく、ティアナウにまた戻り出発したのは13時近かった。
 カヤックを街の湖岸、Frazers Beachに組み立て、車はダウトフルサウンドに行くクルーズ船の駐車場に泊めておき、出発することにした。
 午前中には風がなかったが、午後からじわりじわりと西からの風が吹いてきた。それでも波というほどのざわめきはなく、浜からまっ正面に見えるStony Pointを目指して漕いで行く。天気は晴れており、日差しは眩しいくらいだ。この岬の屏風のような崖に隠れるようにして風を避け、昼飯を食べることにした。
 ここまでは順調。何の問題もなく、ペース的にも午後から出発したとはいえ十分今日中に地下発電所のあるWest Armまで行けそうだった。
 完全に、僕はこの湖を舐めていた。そうとしか言いようがない。海に比べれば湖なんてすこし厳しくはなっても漕行は可能だろう。そう思っていた。
 だが、マナポウリ湖は地図で見る限り、ただの湖だが実際にはフィヨルドそのものであり、ダウトフルサウンドやミルフォードサウンドと同じような環境なのだ。この事実を知った時にはもう遅かった。
 Stony Pointを越えると、西風が向かい風になって襲ってきた。だが、突風のようなものではなく、絶えず吹き続ける一方的な風なので危険ではない。正面に見える小島に向かって漕ぎ、その島に到着すると風裏で休憩し、再び漕ぎだす…という事を繰り返した。
 島と島の間は風が抜けるのでさすがに堪える。Mahara Islandの周りは小さな島が多くあり、その間は浅くもあって波立ち、結構大変だった。しかも南からのHope Armが口を開いており、そこからの風もやってくる。進路を南西にとり、Calderwood Peninsula目がけて漕いで行く。この岬の風裏に当たる入江ならゆっくり休めるだろうと思ったのだ。
 岬の先端に着いた時、時刻は16時50分になっていた。この時期、このあたりは夕方8時を過ぎてもまだ明るい。まぁなんとかこの時点でも漕ぎ切れるとは思っていた。この岬は風が回っており、落ち着かないので岬を越えて沖に出ないよう、湖岸ギリギリをトレースしていきながら進む。
 途中にあった川の流れ込みに上陸して休憩。立派な滝が流れておりいい場所だったが、テントを張るような場所ではなかった。
 地図を見ると細長い湖の水路を塞ぐようにPomona Islandがあり、このすぐそばに南からのSouth Armが伸びている。このあたりは絶対に風が強いはずだ。そう予想して岸ギリギリを漕いで先を進ませるが、小さい岬を越える度に向かい風が強くなっていく…。 
「ウオァーッ!!こりゃ無理だ!!」
 八重山を漕いだ時も西表島の南風見崎が強風のため越えられなかったが、この時はその時よりもさらに絶望的なことに漕いでも漕いでも舟がバックしていくほどの風が吹きこんできていた。
 Pomona Islandとの間も通れないし、仮に通れてもSouth Armの海峡横断は危険だ。いったん引き返し、先ほど上陸した近くに舟を上げ、ひと思いにテントを立ててその中で休憩、風待ちする。夕方になれば多少、風がやむと考えたのだ。
 18時まで風を待った。なんだか、びみょ~に弱くなった気がする。
 さすがにもうこの日にWest Armに到着するのは無理だと判断して、どこかにビバークする必要が出てきた。しかしマナポウリ湖は全体としてフィヨルド地形独特の急な湖岸で、ビバークできそうな場所は少ない。地図を睨むと、ちょうどいい場所にFairy Beachというファンシーな名前の浜があった。とりあえずここまで行こうと気合を入れてパドルを振り回した。
 先ほど越えられなかった水路もなんとか前に進んでいる。そのままピッチを上げて漕ぐと、何とか脱出成功!South Armの入口を海峡(湖峡?)横断し、対岸に渡ることができた。
 ここまで来ると時間も17時を過ぎ、夕凪の時間になったのか風が弱くなっていた。
 まっ正面に太陽が沈むため、雲の間からものすごい光が差し込んでくる。とてもサングラスをかけていなければ正面をむくこともできないが、ものすごくきれいだ。フィヨルドの地形と雲のシルエットが織りなす風景がたまらない。
「この景色は、俺しか見てない…!」
 単独でカヤックを漕いでいると、時折思いうかぶ思考がある。見渡す限り自分しか人間が存在しないと思う場所で、絶景が目の前にある時、カヤックの旅に出てよかった、カヤックをやってきてよかったと思う。自分一人でその風景を独占できる喜びと同時に、この感動を誰かと共感したいという、相反した感情が湧いてくる。不思議なものだ。その妙な寂しさが旅に自分を駆り立てる一つの要素のようにも思える。

 あれほど吹き荒れていた風は、いつの間にか忽然と止んでいた。静かな湖面にパドルを入れる音だけが響く。
 夕日が急斜面のフィヨルドの山々を照らす。
 静かな苔むしたビーチに到着したのは20時半をまわっていた。砂浜にはハンターと思われる人間の足跡一人分と、鹿の足跡が残っていた。しかしそれ以外は手つかずのビーチ。グレイシャーベイのキャンプサイトを彷彿とさせた。
 しばらく見惚れていたかったが、日が完全に沈む前にキャンプの支度をしたく、さらにお約束通りサンドフライがものすごい勢いでやってきたので感傷に浸っている暇などあるはずもなかった。
 日はあっという間に暮れた。
 これから一週間近く、毎日続くだろうオニオンサラミピラフをモスキートネットかぶりながら食べ、スープを飲むと安堵した。すると正面から「できすぎじゃないか?」と思えるほど見事な満月が昇ってきた。湖岸に反射する月明かり。
 今日中に目的地に到着できなかったことをしばらく悔やんでいたのだが、この景色を見たら少し気持ちが楽になった。 
 
「ま、これ見るためにここに泊まったと思えば、いいか…」

 

 

■2月11日 (二日目)

 早朝、まだあたりが暗いうちから起き、朝食の準備などしてパッキングをすると、出発は8時になった。
 昨日の遅れを取り戻すためにも今日はWest Armに着いたらすぐにカヤックをバラしてバックパックに荷物をまとめなければならない。
 朝靄が湖面から湧きたつ中、昨日とはうって変わって静かな湖面を滑り進ませる。
 1時間ほど漕ぐと正面の山と山の間を巨大で長い送電線が数十本、渡っているのが見えた。その北側にはこのフェヨルドの風景には似合わない建物が無機質に存在していた。
 マナポウリ湖の水力地下発電所だ。
 海抜約180mにあるマナポウリ湖から、地下220mに作られた地下発電所に垂直に落とされた水の力で7つのタービンを回し発電している。水はその後約10㎞の水路を通ってダウトフルサウンドのDeep coveに放出されている。考えただけでどでかい工事が行われたことがわかる。この発電所は、ニュージーランドの自然保護の象徴的な場所のようなのだが、その理由、そして何故地下に存在するようになったのかは他の参考書を読んでもらうことにしよう(地球の歩き方にも載っています)。
 その送電線の下を通り、無事に一時間半ほどで船着き場に到着することができた。
 正直、上陸できる場所すらあるかわからなかったが、アルミボートなどを揚げるランチがあり、そこから余裕で上陸できた。雨が降ってきたのがちょっと気になったが荷物をカヤックから放り出し、ちょっとあたりを探索する。
 観光客がやってくるドックにはビジターセンターがあり、それ以外は何もない。そこから先は確かにダウトフルサウンドに続く道が続いている。しっかりとしたアスファルトだが1㎞も行けばすぐに未舗装道路になるのは簡単に予想できた。
 人がいないので、屋根がある所でカヤックをばらしたかったので、ビジターセンターの東屋でやらせてもらっていたのだが、そうこうしているうちにクルーズ客たちを乗せた船がやってきてしまった…。すると働いているオヤジどもがやってきて「なんだ、この日本人?」という変な物を見る目で僕を見る。まずいと思ってこっちからダウトフルまでこれから歩いて行くというと、勝手にしろという感じで、「ここだと邪魔だからそっちでやってくれ」と言って藪の方を指差した。しょうがなく、草むらの中でカヤックをばらし、パッキングした。 
「おい、目を離すな!!ケアがいるぞ!!」
 後ろを見ると、影からケアが忍び足でやってきて、カヤックを突き回っていた。 
「ここではとにかくケアには気を付けろ!」
 少しキレぎみに怒られた。なるほど、忠告ありがとうございます。確かに周辺にはケアが飛び回っており、あの憎たらしい「ケァ~、ケァ~」という声で鳴いていて、気を配っていたのだが、まさかこんな忍び足で近づいてくるとまでは思わなかった。あんな尖った嘴で突かれて穴でも開けられたらたまったもんじゃない。ファルトボートはこういう時にも不利だなと思った。
 カヤックの入ったバックカートと、キャンプ道具、食料を入れたバックパックに荷物をまとめ終わったのは11時15分を過ぎていたころ。
 いよいよ出発である。直線距離ではここからDeep coveは18㎞ほど。日が暮れるまでには着けるだろう。バックパックを背負って、最初は従来通り手で引っ張りながら歩きはじめた。しかしすぐに腕が攣りそうなほどにテンパッてきた…。
 そこでこの時の為に考えたカートにロープを付けてバックパックに結びつけるという方法を実行した。確かに出だしは順調に思えた。歩くのに負担はかかるもののカヤックの重さはそれほど気にならない。しかしこれも次第にカートが歩くたびに後ろ脚にゴツゴツぶつかる様になり、痛い上にかなりストレスフルである…。しかも少しでも左右のバランスが悪くなると後ろのカートが倒れ、引きずってしまう。 
「完全に計画ミスだ…」
 今更ながらかなり自分のやっていることのみっともなさが理解できてきた。正直言ってこのままこのカヤックをひっぱって歩いて行ったら今日中にDeep coveにたどり着けるのか、見当もつかなくなった。少なくともこの縦走の為にカヤックカートに改造する必要があった。しかしそんな事を言ってもそんな時間も材料もいまはない。
「やってやれないことはない!」
 そう考えてやってみようと思ったことだったが、冷静に18㎞という距離と、今まで自分がカヤックをひっぱって歩いた経験を考えてみた。僕がカヤックとキャンプ道具を一緒に運んで歩き切れた距離は、今のところたったの3㎞…。カナダのプリンスルパートでグレイハウンドのバス停からキャンプ場まで歩いた時だ。あの時も荷物が重すぎて途中で2回に分けて歩いたのも思い出した。そして同じ海外での例えで言うならば、ガスティバスからバレットコブまでのタクシーで行った距離が15km。あれよりも長い距離を、さらに登って降りなければならないのかと思うと、ウンザリしてしまった…。
 30分ほど歩くと、ダスキーサウンドに行く人の最初と最後のハット、West Arm Hutがあった。地図で見た時は(15分で来れるだろう)と思っていた場所だ。その後、それでも歩いて行けば着くだろうと思ってジリジリと足を運んでいたが、ケプラートラックを歩いて足の裏の皮が剥けた足も痛くなり、今から歩かなければならない工程を地図で見ると滅入ってきた。
 長い直線をひたすら歩き、一時間たったころだろうか。予定していたダスキートラックの入口にすら着かない。ここで心が折れた。
 「駄目だ、ダウトフルサウンドは今回、諦めよう…」
 意外とあっさりと諦めることができた。たぶん、それほど固執している訳でもなかったし、フィジカル面でも万全とは言い難かった。今日はさっきのハットに泊まり、マナポウリ湖をカヤックで一周して今回のフィヨルドランドの旅は終了しようと決めた。そうと決めると早い。カヤックを引きずるように歩きながらWest Arm Hutまで戻り、そこにカヤックを置くと「とりあえず、ダウトフルサウンドの姿は見ておこう」と思って一応キャンプ道具と食料の入ったバックパックを背負い、Wilmot Passまで行っておくことにした。
 荷物が軽くなり、調子に乗って歩いて行ったが、それでも充分バックパッキングの重量級的な重さはあった。すぐに疲れる…。
 ダウキートラックの入口に到着し、少し荷物をデポしていく。これでだいぶましになったが、足の痛みが増してきた。筋肉痛の方はそれほどでもないが、足の裏が燃えるように熱くて痛い。トレイルラン用の薄いソールと、砂利道はなかなか足の裏に堪えた。

 

 それでもこの道は車道ではあるが、かなりすぐれたトレイルだった。いたるところに水が流れて滝になり、苔と地衣類の付着した巨木が周りを囲んだりする。そして現れる展望は頭を雲に隠したフィヨルドの山々。十分すごい。
 時々、後ろから轟音を立てた観光バスが走り去るが、それ以外は自分以外こんな馬鹿げた意味のないトランピングをする者など居るはずもなく、かなりいい気分で歩くことができる。
 ダスキートラックの入口を出てから2時間ほど歩いた頃、やっとこの道の最高点、Wilmot Passに到着した。そしてそこから少し下ると展望所があり、そこに行くと眼下に当初の目的地、ダウトフルサウンドが見ることができた。

 

 さすがに足は痛てぇし、腹は減ったしと疲れたのでダウトフルサウンドを見ながら休憩。悔しいのでしきりに写真を撮っていると、小規模ツアーのガイドが話しかけてきた。歩いてカヤックを運んでいこうとしたが無理だったというと、そりゃそうだと笑ってくれた。そして同時に残念だったなと、別に馬鹿にするような感じはしない。こっちの人の良いところは、どんなに人からすれば馬鹿げた事でも、本人が真剣に取り組んでいる事には真面目に接してくれることだ。なんか、彼との会話には救われた気がする。
 
 人がいなくなった頃、ダウトフルサウンドに別れを告げてもと来た道を戻った。
 帰りも2時間以上、歩いて行かなきゃならんのか…と、当たり前のことを考えながら歩いていると、後ろから来たバスがいきなり隣に停まった。 
「Come on!」 
 バスの運転手が僕を乗せてくれるという。最初は遠慮もしたし、ダスキーでまた降ろしてもらうのも面倒臭いなと思ったのだが、そうこうしている内に「遠慮するな!ほらっ!!」と、催促がすごくなってきたので乗せてもらうことにした。 
「どこから来た、日本か?」
 日本人だというと、バスの客にも日本人がいるぞというので後ろを見ると「どうも~」と、おばちゃん達が話しかけてきた。ありゃありゃ。同じ日本人とは思えないな、この立ち位置…!
 幸運にもヒッチハイクでき、ダスキートラックの入口で降ろしてもらった。おばちゃん達は「がんばってね~」と言って僕を見送った。たぶん、これからこのトレイルを歩くとみんな思っているのだろう。スイマセン、帰ります…。
 なんとか18時頃、山小屋にたどり着き、この日はここで泊まることに。カギも開いており、誰でも使用ができるようになっているのはありがたい。自分だけで過せるかと思っていたのだが、ほどなくしてドイツ人2人組がやってきた。ダスキートラックを歩いて今帰ってきたばかりらしく、ものすごく臭い…。小屋の中が酸っぱい臭いとサラミのようなスパイシー臭で凄いことになっていた。堪りかねてカヤックを持ち出し、今日のうちに組み立てて湖畔に置いておくことにした。まぁ、これがブログにも書いたけど、酷い目に合うことになったのだが。

サンドフライ
http://ameblo.jp/driftwoodbeech/entry-10276132274.html

 
 カヤックの組み立ても投げ出して何とか帰ってみると、二人は夕飯も済んだらしくまったりと過ごしていた。僕も夕飯を作り、紅茶を飲んでまったりと過ごした。
 いやー、ダウトフルサウンドを諦めたという点では、ちょっと残念なことであったが、今の自分の実力、体力はこんなものだと思い知らされた。そしてそれ相応に色々あった一日だった…。ベットに横になるとドイツ人のいびきも気にせず、すぐに眠れたことは今でも覚えている。

p2100213_r.jpg スタート地点のFrazers beach p2100214_r.jpg 出発した初日。向かい風がきつい p2100218_r.jpg 景色は最高 p2100231_r.jpg Calderwood Peninsulaの先端にあるゴロタ浜で休憩 p2100237_r.jpg この風の強さ、わかりますか? p2100249_r.jpg 風待ちのテントの中にて。 p2100251_r.jpg 風が収まってきたので出発 dsc_0114_r.jpg 最高のシチュエーションのキャンプサイト。サンドフライは異常(笑) p2110282_r.jpg 翌日のパドリングは最高 p2110285_r.jpg 電線のアーチをくぐる p2110289_r.jpg カヤック上陸にはお誂え向きな場所があった p2110290_r.jpg West Arm到着。後ろに見えるのが地下発電所 p2110291_r.jpg 今回の荷物二つ。合計70kgくらい p2110292_r.jpg West Arm Hut p2110296_r.jpg Dusky Track マナポウリ側の入口 p2110303_r.jpg 車道だが十分に景色は良い p2110302_r.jpg dsc_0141_r.jpg dsc_0139_r.jpg アスファルトではないが、整備された舗道 p2110310_r.jpg 写真で見る限り歩きやすそうだが、砂利がでかい dsc_0138_r.jpg ダウトフルサウンドへの道にある峠 dsc_0130_r.jpg 今回は見るだけ。残念至極と安堵感の入り混じる顔 p2110316_r.jpg な、何故かcrayfishの残骸が…???

■2月12日 (三日目)

 朝、暗いうちからドイツ人二人は起きて朝食を作り食べていた。僕も6時には起きてコーヒーを入れた。彼らは8時過ぎの船でマナポウリに戻るという。お前はどうするんだ?と言われ、俺はカヤックだというと、そうか頑張れよという感じで軽く流された。その「ま、そんなのもありか」的な反応が面倒臭くなくて良い。
 7時半に昨日、カヤックを組み立てた場所に行き、組み立ての続きをやる。藪の中に突っ込んでおいたカヤックは無事、どこも異常なかった。
 相変わらずサンドフライはバチバチと寄ってきたが、しっかりと対策した格好で組み立てる分には問題ないし、時間帯も昨日よりはマシだった。目の前の湖面を船が去っていく。小屋で一緒だったドイツ人が手を振って去っていった。
 カヤックも組み終わり、パッキングを済ませると、出発はちょうど9時くらいだった。
 
 帰りはマナポウリを一周する形で漕ごうと思い北側を通って行こうとした。しかし出発した時から南東の風がサワサワと吹いている。West Armを出た頃には雨までパラついてきた。少しでも風を避けるために岸際ギリギリを漕いで行くが、風が強くなり、湖の真ん中には風の道ができて湖面がざわついている。1時間ほど漕いで左手にNorth Armという入江が現れ、風に押されてそちらに入ることにした。
 この入江の奥には地図にHutのマークが記入してあり、そこでランチを取ろうと思っていたのだ。チャーター船か自分の舟でしか来れない山小屋に行ってみたいという気持ちがあった。
 North Armは見事にフィヨルド地形になっており、左右を絶壁の山々に囲まれ、巨大な名もない滝がいたるところから流れ出ている穴場だった。
 風に押されながら悠々と漕ぎ進む。ここが結構距離があって、一番入江の奥のビーチにたどり着いた時には11時30分になっていた。昼飯にはいい時間だ。
 砂浜にカヤックを揚げて舫い、あたりを見渡すと朽ちかけた木造の階段が見えた。ここを登って行くと空き地があり、見事な山小屋があった。
 Freeman Burn Hutという、非常に良い名前のハットでカギはなく、開けると薪ストーブがあり、ズタ袋に大きな薪とコークスが入っていた。素晴らしい!さっそく備え付けの斧で薪を割りストーブに火を付けてお湯を沸かした。夏とはいえ、小雨が降るフィヨルドランドではストーブの温もりはありがたい。コーヒーを入れて簡単な食事をとった。
 この日はケプラートラックでは行かなかったが、マナポウリ北岸のShallow Bay Hutに行くつもりだった。しかしもともとダウトフルサウンドに行く予定だったので時間は多少できたし、風も向かい風で強くなってきている。無理していくよりここで今日はゆっくりしようかな…という気持ちが強くなっていた。ケプラーからずっと体を酷使しているのでここらで休養しようと思った。それ相応にこの小屋は居心地がよかった。
 小屋には前に使用した人間が置いて行った雑誌が山積みにあり暇は潰せた。使用者ノートには1週間に1組、利用者がいればいいといった感じで、ほとんどの人がハンティングかフィッシング(マス釣り)で来ている。カヤック目的で来ているのは3年前に1組だけだった…。そのため置いてある雑誌もナショナルジオグラフィックや、ハンティング雑誌、釣り雑誌がほとんどで、あとは車雑誌、週刊誌、通販カタログなど。狩猟雑誌は面白いが、週刊誌のゴシック記事は日本も外国もくだらないことには変わりがないと思った。
 そんな雑誌を読んだり、薪を割ったり、川の上流に続いていると思われるトレイルを歩いたり(途中で見失ったので引き返した)、カヤックに乗って川の上流の行けるとこまで行ったりしていたら、いつの間にか日が暮れてきた。
 小屋に戻り、夕飯を作って食べたらあとはすることがなく、また雑誌を読みふけり、ヘッドランプの電池がもったいないな…と思った頃、寝た。
 思ったとおり、僕以外、使用者はこの日来なかった。

p2110317_r.jpg いたずら大好き、ケア。カラスより厄介な鳥… p2120322_r.jpg Hutの中。 p2120326_r.jpg 発電所前を通る p2120336_r.jpg この日は雨が降りそうだったが、まだもった p2120327_r.jpg いかにも電磁波の影響を受けそうな場所。どうかしらんが。 p2120342_r.jpg 西側のマナポウリ湖はより一層フィヨルドらしい地形で面白い p2120344_r.jpg いたるところに滝が p2120353_r.jpg North Armのどん詰まりに上陸 p2120354_r.jpg Freeman Burn Hut p2120355_r.jpg 薪ストーブがあると嬉しい p2120359_r.jpg 流れ込んでいるFreeman Burnを遡ってみるがすぐに倒木で行き止まりになった dsc_0152_r.jpg 荒涼とした場所に俺一人。最高。 dsc_0156_r.jpg 毎日食べてるオニオンサラミピラフ dsc_0159_r.jpg dsc_0165_r.jpg

■2月13日 (四日目)

 昨日は何もしなかったので体力が余っていたのか、それとも本を読んで物思いに耽って精神が覚醒してしまったのか寝つきが悪く、朝もかなり早くから起きてコーヒーを入れて飲んでいた。
 カヤックに荷物をパッキングし、やっとあたりが明るくなる7時半頃、出発した。出発する時に恐ろしい数のサンドフライに襲われる。スプレースカートの中に入らないようにするのに気をもんだ。
 
 朝のうちは予想通り風はなく、North Armを出るまでは問題なく漕げた。フィヨルドの急な山に月が出て、青白い光が雲に照らされる。好きな光景だ。
 しかしこの入江を出て西に進もうとすると、再び西風が吹いてきた。今日はまっ正面、真西から吹いてくる。まだ弱いが、これからどんどん強くなってくることを考えると、昨日のビバークは英断とは言えんな…と、独りごちながらパドルに力を入れた。
 これまた昨日と同じくまた雨が降ってきた。だが、雲の動きがわかるくらい低く、速い。すぐに雨はやむがまたすぐに降ってくるといった感じだ。気温も心なしか低い。若干凹んだ崖の中に身を隠し、休み休み漕いで行く。たいがい沢が流れており、水の音が心地よい。
 8時半、急に腹が痛くなった…。このまま絶壁が続いたら、まずいことになると焦り始めた頃、小さい岬を回り込むと運がよく小さな浜があった。迷わず上陸して尻を出す。雨が降っているのでサンドフライが少なくて助かった。
 しばらく行くとPomona Islandとの境、Hurricane Passageにたどり着いた。ここは一昨日、南側を通過する時も苦労したがそれよりも狭まった水路で、風の強さは容易に想像できる。だがちょうど真ん中に小さい岬があり、そこをうまく利用すれば何とか越えられるだろうと思った。案の定、風は強かったものの、問題なく通過することができ、この岬の内側は大量に流木が集まるビーチになっていた。上陸して小山の上に登ってみる。そこはなかなかの展望で、ちょうど晴れ間ができて日が差し、湖には二重の虹が現れていた。たくさんの小鳥が森の中にいて、鳥の声が非常ににぎやかな場所だ。しばらく休んでから先を急いだ。
 ここから岸を離れてBeehiveという山がある岬を目指して直線で進み、たどり着いた場所から少し沖にあるIsoldo Islandという小島を目指す。さすがに岬の先端だけあって風が尋常ではなかったが、無事に島影に入り風をかわせた。ここからさらに北湖岸を通って当初の予定通りShallow Bay Hutを目指すのもいいが、湖の西側に比べて東側は地形的に面白みに欠け、平地が続いている。同じような風景が続くのが目に見えたので今日中にマナポウリの街に戻ることにした。まぁ、戻れればの話だか…。
 そういう訳で、ここから島づたいに風をよけながら湖を縦断し、南側湖岸に移る必要があった。うまい具合にHolmwood Island、Mahara Islandと続いており、そこから先は岸伝いを漕いで行けばなんとか街には戻れる。時間はまだ10時半。距離的には全然問題ないが、なにしろ風が強すぎる。地形的な問題もあるだろうから局所的とはいえこの風は大問題だ。ルート次第では簡単に通れる場所が不可能になる。風向きと地形図の等高線、実際に目で見える山と湖面にできる風紋と風波から、最善策を考え取らなくてはいけない。ある意味、これこそがカヤッキングの楽しみでもある。
 Isoldo Islandを出発して、左からの風を受けながら南下する。漕ぐ時間はたいしたことはない。横風にパドルを引っ手繰られないように注意深くパドリングを繰り返す。
 Holmwood Island西岸に到着し、島の真ん中にある水路が通りたくて通って東側に出る。あー、やめれば良かったというほどの風が体にぶつかってきたが、面倒くさいだけで危険な風ではない。そのまま南下。しかし湖のくせに三角波が立ち、ちょっと焦ったので近くにある小島に上陸して様子を見ることにした。見事に風裏になる小さな入江を見つけ、そこにカヤックを揚げて行動食を食べた。時刻はまだ11時半。一昨日の経験からこの風でも、3時には岸にあがれそうである。
 島の反対側を見ると、ものすごい風波が立って島に打ちつけている。だがそこはこの湖の風の通り道と思われる。そこを越えて対岸に渡ってしまえば楽だろうと踏んだ。
 気合を入れて出発。漕いでみると意外に進む。Mahara Islandの風裏に入るとかえって面倒臭いことになりそうなのでそのまま東側を通って湖の対岸を目指した。
 Circle coveに入ればStony Pointのある半島に守られて楽勝で行けるだろうと思った。そしてその先にある岬の根元にはトレイルのしるしがあるのでポーテージ可能だろうと考え、そこを通ってSurprise Bayに出ようと考えたのだ。ところが対岸に着いても全然風は弱まらない。むしろ強くなった気がする。自分の予想と違う状況に多少イラつきながら入江の奥へと漕いで行く。
 そうか、Surprise Bayに入り込んだ風が岸を越えてCircle coveから吹き出しているのか…!と、気づいた時にはもう遅く、入江の最奥に入った時に初めて風がやみ、静かな湿地帯のような場所に出た。いやぁ、地形の読みはまだまだ甘いな俺は…。
 通り抜け道のような場所を見つけ、そこを歩くと3分で対岸に出た。ものすごい風が正面から吹いているが、あとは根性さえあればなんとでもなる感じだった。ちょっとこれで安心し、もう少しでこのカヤック旅も終りだからとゆっくりお湯など沸かし、ラーメンなど食べた。
 
 ラーメンを食べたコッヘルを洗っていると、水の下に何かが動いているのが見えた。小さいなハゼが食べカスをあさっていた。ニュージーランドの湖には巨大なマスがいることはわかっていたが、そいつらの餌となる生き物が何なのか、ひじょうに興味があった。日本なら、ワカサギとか、モエビの類とかが簡単に見れるがNZの湖ではまだ一度もそういう小動物を見ておらず、この生命反応の薄さはなんだ?と、謎だったのだ。
 だからここではじめてハゼを見て、少し安心した。安心したというか、やっとこの湖に親しみが湧いたような気がする。魚がいない場所なんてどんなに美しい景観でも、つまらないからね。
 かなりゆっくりして14時過ぎに出発。こころなしか風が収まってきたような気がする。南湖岸をゆっくり舐めるように漕いで行き、マナポウリの港がある川の河口を通り抜けると、出発したFrazers Beachにはすぐに到着できた。
 14時半、無事マナポウリの街にたどり着くことができた。

p2130374_r.jpg 出発の朝 p2130377_r.jpg 月があると幻想的だ p2130383_r.jpg マスクメロンのような不思議な岩だ p2130388_r.jpg 午前中は雨だった p2130390_r.jpg p2130389_r.jpg p2130394_r.jpg p2130399_r.jpg 流木が凄い浜だ。テントを張るスペースすらない p2130406_r.jpg New Zealandではよく虹を見た p2130420_r.jpg Holmwood IslandとMahara Islandは小島が多くてここだけでもかなり楽しいと思う p2130411_r.jpg p2130428_r.jpg Circle coveからSurprise bayに抜けるショートカット口に到着 p2130427_r.jpg 爆風の中、やっと無風地帯に入り安堵した顔 p2130435_r.jpg 戻ってきました


 最初はダウトフルサウンドに行く為の序章にしか過ぎなかったマナポウリ湖。それが漕いでみると予想以上に強敵で、そして良い場所だった。
 North Armのハットで過ごしている時、ひと気がほとんどなく自分しかいないという状況であることがとても好ましかった。これほどまでバックカントリーであるにもかかわらずしっかりした設備のハットがあり、快適に過ごすことができるというのもよかった。
 フィヨルドランドでのキャンプはとにかくサンドフライによってかなり影響を受ける。雨が多く常に体や装備がぬれてしまう。そういう状況では山小屋の存在は非常にありがたい。こちらのトランピングがHutの利用を前提にしている理由もわかる気がする。
 それらを管理するDOCという存在は大きなものだ。国でそういうものをやっているというのは羨ましいかぎりである。
 
 ダウトフルサウンドに行けなかったのは残念だし、根性無しめと言われてもしょうがないが、所詮僕の遊びなので今は時に気にしていない。実際、現地に行って気づいたのだが、マナポウリ湖を横断するための渡船はあるし、Deep Coveまでの車での輸送も、金を出せばやってくれると思う。そういう事を後から気付いたので今更だが、ダウトフルサウンドを漕げなかったという事実はちょっと後悔があるものの、おかげでマナポウリ湖をゆっくり漕げたのでこれはこれで良かったとしよう。
 
 僕のフィヨルドランドは終わった。
 カヤックをたたみ、車を取りに行くと僕はそのまま、ニュージーランド南端の街、インバーカーギルを目指した。