New Zealand Sea Kayak  Adventures (NZKA)

 5月9日、ニュージーランド北島北部カイタイアの街を出た僕はPaihiaまでバスで行き、マークと合流する。
 翌日、僕の友人2人がPaihiaにやってきてマークと4人で夕食を食べた後、街のレストランで参加するゲスト全員がそろってミーティングを行った。
 参加者は8名。ガイドがマーク、丁稚奉公の僕、サブガイドにマークの友人であるアンドリュー、僕の友人KちゃんとR君、そしてある意味本当のお客様、マイク、クリス、そしてサリュー。マイクとクリスは友人同士でアメリカの金融業。年齢は僕とさほど変わらない。サリューはメキシコ系アメリカ人でフロリダでシーカヤックのガイドをしている同業者だ。前回のツアーで一緒だった地元パイヒアのお姉さんも参加する予定だったが、急きょ参加不可能になりキャンセル…。このミーティングのみ一緒に行った。都合、このメンバーでの開催で、僕の友人2人とアンドリューが3泊4日、残り5人は6泊7日の旅となった。
 実はこの時の模様はしっかり書きたいところなのだが、航海日誌を書いておらず、しかもツアーの手伝いでかさばる一眼レフは持っていけないと思って防水コンデジだけ持っていったのだがこれが途中で故障、後半の写真がほとんど撮れなかった。その為すでに2年近く経過している為にさすがの僕もレポートが書けない…といったオチなのです。
 そんなわけで、この章はざっと洗い流すようなダイジェストの様な進行で進みたいと思います。

◆準備・装備

 
 5月10日に全員がそろう前、9日にマークと僕はツアーに必要な食料をまとめていた。実際は「ツアー中に何処に何があるか把握したいので全て自分でやる」とマークが言う為、僕はパッキングはせずにその手伝いだけを行いやり方だけを見ていた。
 マークのツアーはデイツアーはほとんどなくキャンプツアーがほとんど。それも長期の3泊から一週間、長い時は10日以上のツアーを行うこともあるらしい。その為料金はセレブレティー対象価格だ。長期で休暇がとれる欧米人を対象にしているから可能なツアーだと思う。日本では長くて一週間が限界だからな~。
 その長期のツアーをすべて食事込みで行っている。その為、毎日の食材の管理が大変だ。僕が今まで助手を務めたり参加した日本のツアーではほとんどの場合が食料はある程度まとめて「食料」として数個、もしくはバラバラにパッキングしていたが、マークはしっかりと一週間のツアーならば7日分、朝、昼、晩と21通りに分けておく。それをある程度近い日程の物同士でまとめ、食料が不足することを防いでいる。手作りのバックにビニール袋を入れ、それに食材を乾物、生モノとさらに分けている。袋の色はカラフルに分け、ペンで内容物も書いてある。ゲストのカヤックにも割り振ってパッキングするため、この方法は非常に合理的で為になる。
 調理器具はストーブがMSRを2つ、それに大型のコッヘルを持っていく。基本的に焚火はしない。個々にプレートとボール、マグカップ、カトラリーが用意されていた。まな板とストーブの台にする為にベニヤ板を6枚ほど持っていくのもタメになった。
 多国籍のゲストが来るため好みが別れるホットドリンクは多種用意され、小さなケースにそれぞれ用意されたものがこれまた手作りの化繊布製のバックに入れてまとめてある。
 マークの装備は基本的にこの手作りの袋によってコンパクトにまとめられているのが特徴だ。これが市販のものよりも使いやすく、中身の認識もしやすかった。僕が泊まっていた部屋は修繕室だったようでミシンが置いてあった。大柄なマークがミシンで縫物をしているところを想像すると可笑しいが、おかげでこのような袋や手作りバッグ、PFDなども自分で制作、修繕できるのだ。
 その他にもいろいろ気付いたことはあるのだが、企業秘密な部分もあるだろうから、このへんにしておこう…。
 
 カヤックはゲストのぶんが日本でもおなじみ、パフィン。だがニンバスではなくニュージーランドだけにクオリティーカヤックス製である。僕も使いなれているし、ゲストを乗せるには本当安心できる舟だ。
 ガイドはパフィンではなく、マークが前回のツアーでも使っていたタスマンエキスプレス。僕はペンギンだ(どちらもクオリティーカヤックス製)。通常短期間のツアーならばペンギンがマークの舟になるらしい。全てポリ艇だというのが特徴。マークはエクストリーム的な楽しみをツアー中に行うのでFRPのカヤックよりポリ艇の方が安心できるのだろう。僕個人もツアー艇ではポリ艇が一番だと思っているので考えが一致した。アンドリューは自艇参加。以上、今回は全員シングル艇での参加となった。
 
 各自にマーク手作りのデッキバッグが配られる。これはコクピット前に着けるのだが、最初からクリップが舟に装着されているので、そこにはめれば装着は非常に楽だ。水筒や釣り道具、その他レスキュー用具などを入れて置くのに便利。その他にラミネートされたそのツアーごとの行動範囲をまとめたチャート、1.5mほどのストラップテープ、60リットルほどの簡易バッグが各自に配られる。ストラップはバウの先端にはめて舟の向きを変えたり、沈した時にコクピットの縁にはめてアブミとして使用する。バッグは布でできたただの袋状のかばんだが、上陸時にカヤックの荷物をキャンプサイトまで運ぶのに非常に便利だ。
 このようにツアー客がツアーを行う前から個人装備を渡されるので、あとはそれを使って自分でやってくださいという非常にシステマティックな用意がされている。
 その他にもカヤックに独特の工夫がなされていたのだが、まぁそれはここで書くことではないでしょ…。
 変わっていると言えば、マークのツアーには一人一個、ヘルメットが支給される。ロックガーデン遊びを好むマークならではの装備とも言えるが、外洋へツアー、サーフ上陸が考えられるコースでは安全面を優先的に考えればゲストのヘルメットの着用は当たり前とも言える。このあたり、陽気なマークの印象とは違う、しっかりした戦略を窺うことができる。

◆ツアー前半(5月11日~14日)

 
 ツアー前半は僕らには馴染み深い、Matauri Bayで行うことになった。この沖にあるCavalli Islandsの一つ、Motukawanui IslandにはDOCのハット(山小屋)があるのでそこを拠点にツアーを行おうとしていたのだが、オフシーズンにも係わらず先約がおり、マークも参っていたが仕方なく、Matauri Bayのホリデーパークを拠点にすることになった。当初は初日だけで、残りは辺りにある天然ビーチでバックカントリーキャンプをしよう…という話だったのだが天候が悪く、キャンプ初心者が多かった今回のツアーでは快適なホリデーパークで3泊し、辺りの海を漕いで遊ぼう…というマークからすれば少々軟弱ツアーになったようだ。まぁ、天候は確かに悪くて晴れたり雨が降ったりと不安定で、この選択は正しかったというのは今でも覚えている。
 前半は写真が残っているので、それを見ながら記憶を頼りに回想録を書こうと思う。

 
◎5月11日

 この日は朝にレンタカーでマークの家に来れる人は来てもらい、あとは宿泊先に迎えに行ってから目的地Matauri Bayに向かった。
 到着後、テントを立てて装備を確認し、ランチを食べてから講習スタート。 いきなりカヤックに乗ってどこかに行く…というのではなく、この日は半日を使ってみっちりカヤックの基礎を覚えてもらうといった合宿形式でスタートする。基本的なパドリングなどはそれほど時間を使わず、ほとんどがセルフレスキューの講習だった。
 まずは陸の上で簡単な座学を行い、浜に置いたカヤックを使ってひっくり返った時の対処の仕方を説明する。最初から安全面を意識させるセルフレスキューを教えるというのがマークらしい。または1週間という長い期間漕ぎ、ラフな状況下も通過しなければならないニュージーランドの海でのツアーでは必要不可欠なことなのかもしれない。期間が長いからゆっくり講習する時間がとれるということもあるが、「カヤックはひっくり返らないから大丈夫ですよ~」と、カヤックを使う醍醐味だけを一日で与える日本のツアーとは質が違う。また、最初に安全面、セルフレスキューを意識させるというのは船長が自分であるという、カヤックならではの楽しみ、自立性が養われて本当のツーリングシーカヤックの楽しみを伝えられるという意味では最高の手段だと思う。
 この日はひっくり返ってから自分で舟に乗って排水するというセルフレスキューから、人を助けるレスキューの基本、TXレスキューを覚えてもらい、ついでだとは思うが最後にはエスキモーロールの講習まで行われた。できないとは思うけど、センスのある人はこれが意外にも初日からできてしまうというから驚きだ。外人恐るべし…。
 浜に上がる時はけっこう良い波があったので、マークは大はしゃぎしてサーフィン。マイクとクリスもこの前に体験サーフィンをやっていたのでカヤックによる波乗りをこなす。んー。やはりアグレッシブさがハンパないな…。
 ディナーはチリビーンズを使ったアボガドソース入りナチョス。これを前菜にした後、大きなブロックのチーズを丸ごと削って使うカルボナーラ。
 マークの食事は量もあるし、本当に美味い!美味い飯を作るのがカヤックガイドのもう一つの仕事であるのは世界共通のようだ。デザートまでしっかりあり、アンドリューが焼いてきたケーキが出される。デザートがしっかり用意されているところが欧米のツアーっぽい。満腹でお茶を飲みながら程よい時間に皆テントに戻っていった。

p5112417_r.jpg p5112424_r.jpg セルフレスキューの説明をするマーク p5112429_r.jpg 実際のレスキュー練習風景 p5122432_r.jpg 夕方は比較的天気は良かった

◎5月12日

 次の日はちょこっとツーリング。浜の沖にある島に向かって漕いで行く。
 約1時間くらいで島のビーチの上陸し、ティータイムを取ったらまたスタート。さらに奥にある断崖絶壁に囲まれた島のビーチに上陸してランチを食べる。
 午後はここでシュノーケリング。皆は浅場でウニなどを採っていたが、僕は本気潜りで今晩のおかずを探す…が、意外に魚影が薄い。マークからは「居付きの磯魚はあまりとらないでくれな」とお願いされていたのでもっぱら回遊魚とスナッパー狙い。けっこう頑張って50cmくらいのブルーモキを突いて揚がる。皆で大量のウニを採っていて、浜にはウニ殻の山が出来ていた…。日本人二人が食べすぎだと思っていたら、意外にも食べていたのはマイクだった。
 僕がランチを食べて皆でまったりした後、Matauri Bayに戻った。帰りは向かい風が強く、日本人二人はけっこう堪えたようで、女の子のKちゃんを僕とサリューで牽引していく。ここでも講習のような感じでマークがトーイングロープをⅤ字状にして二人で牽引する方法を試してみよう!というようなノリで行った。アクシデントや講習も、何かとイベントにしてしまうマークのやり方は面白いなと思った。
 夕食は僕が魚を獲ったので前菜はブルーモキのSASHIMIと即席マリネ。刺身はともかく、このマリネはなかなか外国人の方々にも好評だった。その後は本来の夕食でマークが作ったラムシチューとアンドリューの焼いたパン。これが美味い。おかわり皆しまくる。デザートは何故か魚のアラ煮とフルーツを使ったチョコレート・フォンドゥ。キャンプでチョコレートフォンドゥだなんて!と、Kちゃん大喜び。魚のアラ煮は明日の朝にでも食べようと思っていたのだが、マイクがやたらがっついていた。
 マイクはもともと香港系のイギリス人で、その為に中華料理で育っている。だからアジア人にも抵抗ないし、その文化にも精通しているようだ。クリスが食わず嫌いが多いのに対してマイクは何でもきれいに食べるのでその対比が面白い。

p5122439_r.jpg p5122441_r.jpg p5122447_r.jpg p5122446_r.jpg p5122450_r.jpg p5122460_r.jpg img_0150_r.jpg p5122466_r.jpg p5122468_r.jpg p5122476_r.jpg p5122477_r.jpg

◎5月13日 

 天気はバッチリ快晴!申し分ない青空だったが、風が強かった…。
 この日はDOCのハットがあるMotukawanui Islandに向かう。この島の風裏周りでマークお得意のロックガーデン遊びをするといった感じだ。
 この日も前日と同じく西寄りの風だったので東海岸を南から北に向かって漕いで行く。
 途中、島と島のわずかな間を波が大きなうねりのまま通過するような場所で希望者はヘルメットをかぶり、マークの後に続いて通過する。自信のないものはアンドリューと共に迂回する。R君が善戦し、初心者にも係わらず挑戦するところはさすがだ。しかしまぁ、初心者のキャンプツアーでヘルメット被せてロックガーデン遊びというのも、なんともマークらしい。僕は波を見てうねりの弱い時に流れにそって通過するのでマーク的には面白くないらしい。マイク達が通過する際に後ろから馬鹿でかいうねりなどが入ってくるとテンションが上がり、喜んでいるが当の本人達はかなりのスリルだろう。それがインパクトとして面白いと思うのだ。
 もちろん、本当にヤバそうなところはマークは控える。自分がレスキュー可能な場所、条件を見越して行っているのだ。それがマークの凄さの一つだと思う。
 ビーチの上陸し、ランチタイム。ここでも僕は魚突きに出かけるが、ここもイマイチ魚がいない…。Kちゃん達がパウア(鮑)が食べたいと言っていたので一枚拝借し、帰りがけにブルーコッドがいたのでこいつを獲って帰る。
 パウアはちょっとサイズが微妙なのでマークが逃がしてほしいというので海に戻した。僕はいいのだが、日本人二人は恨めしそうだった…。
 島を一周することなく、また来た道を戻ってMatauri Bayに戻った。
 
 この日は上陸するとキャンプ場の人が何やら海をずっと見ている。聞くとオルカが見えたというのだ!シャチですよ、シャチ!!これには興奮して皆で探したが、それっぽい背びれが一回、僕には見えたのみだった。最初は湾の中にまで入って来ていたらしい。あー、残念!!
 前半組最後の食事はブラックビーンズを使ったカレー。ライスとクスクスが用意され、付け合わせがマッシュポテトとコーンスロー、カボチャのガスパチョ。マークもすごいけど、アンドリューの料理が素晴らしいすぎる!ホリデーパークだからこんな料理が出来るということも多少はあるだろうが、ほとんどは事前に作ってあって凍らせたり真空パックになっていたりして、あとは現場で温めてそのまま食べられるようになっている。いや、本当、食事には毎回驚かされっぱなしだった。手伝って料理を作るのだが、その準備の周到さは参考になる。
 最後の夜なのでKちゃんとR君と少しおしゃべりをして寝ることにした。

p5132485_r.jpg さて、出発風景 p5132484_r.jpg p5132495_r.jpg p5132496_r.jpg 大きなうねりと共に突入!!! p5132497_r.jpg 初心者にはどえらいスリルに違いない! p5132510_r.jpg p5132512_r.jpg リバーカヤックの技術が必要になってくる p5132505_r.jpg サラシだらけのロックガーデンもお構いなし p5132515_r.jpg 昼食を食べる為のビーチ img_0190_r.jpg 「獲れたか!?」「いや~、ダメっす」(撮影:R) p5132519_r.jpg p5132523_r.jpg p5132526_r.jpg 帰路風景 p5132527_r.jpg p5132528_r.jpg p5132538_r.jpg img_0209_r.jpg 夕食はとにかくお腹いっぱいにさせてくれる

◎5月14日

 前半組には最後の日である。いつも通りゆっくり朝食をとると今回は岸沿いを隣の湾まで漕いで行き、そこで休憩して戻るといった軽いツーリングだった。でも風が強く、せっかくKちゃんもR君もカヤックを漕ぐのに慣れてきたというのに再び風で全然進まなくて自分が上手くなったのかどうか、しきりに質問してきた。でも最初のシーカヤックがニュージーランドで、マークから教わったというのはいい経験だったと思う。
 後半に残る僕らも今日はホリデーパークを出るので皆でテントを撤収し、荷物をパッキング。マーク、僕、K、Rで記念写真を撮ると二人はアンドリューと共にパイヒアに帰って行った。
 さて、ここからがある意味本番である。残ったマイク、クリス、サリュー3人ともかなり漕げる。クリスはまだ力で漕いでいる部分があり波の中でバランスを崩すことが多いが、プライドが強そうで根性は人一倍あるので大丈夫だろう。
 サリューはガイドだがこのような外洋を漕ぐのは初めてらしく、マークは若干この人を一番警戒していた。それは漕げるからと勝手にどこかに行ってしまうのだが、マーク的には全然ダメで、それが一番心配の種になっているようだった。例えば皆でロックガーデンを通過する時も、「付き合いきれない、こんな場所を通るくらいなら外側のフラットな場所を漕いだ方が効率的じゃないか…」と、外に外れてしまうのだ。先頭で先に待っているマークからすれば、来るはずのサリューが来なくて焦るのである。最終的には合流するのだが、こういうのはガイドとしては一番嫌なのはわかる。ツアーである以上、お客はガイドに従う義務があるのだ。知床の細い水路を通る時の新谷さんを連想させた。
 マイクは飄々とした感じで、器用に何でもこなすし、その癖好き嫌いもなく、素直でマークの言うことを忠実にこなしていく。ひっくり返ったり危ない目にも合うが、負けじ魂と好奇心で何でもチャレンジする姿は見ていて感心する。
 色々と不安要素もあるものの、この5人なら大丈夫だろうと勝手に思った。ちなみに僕はどんなだったかは…英語が出来る方、マークにあって聞いてみてください…。

p5142552_r.jpg K嬢には最後のパドリング p5142543_r.jpg p5142553_r.jpg Matauri bayは本当にきれいだ p5142555_r.jpg 記念写真。わざわざありがとう

◆ツアー後半(5月14日~17日)

 
 前半組と別れてから僕ら5人(マーク、マイク、クリス、サリュー、僕)はいよいよPaihiaに向かって漕いで行くことになる。それまではカヤックのコクピットにパッキングはしていない空船の状態に近いものだったが、ここからはキャンプ道具、食料などを積んだ本格的なツーリングカヤックになる。
 食料などはマークのシステマティックなパックシステムによって案の定すんなりとカヤックに収まっていった。装備も皆それほどかさ張っていないので日本のお客さんを相手にするよりかなり楽だ(日本のお客さんは比較的無駄に荷物、特に嗜好品が多すぎる!)。

 荷物満載のカヤックには出発時に渡されたストラップが重宝する。マークはこれをかなり珍重していた。確かにこれだと腰を痛めずにカヤックの持ち運びができる。

 

 午後、2時間ほど漕いでその日のキャンプ地に向かう。午前中、あれだけ風が強かったのに午後は風が止んだのか、風裏に入ったのか、静かな海面を滑るように僕らは漕いだ。
 この日の夕方、日が沈む直前になって海がベタ凪ぎになった。そしてそこに聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。
 イルカだ!
 周りでクリスやマイクが感嘆の声をあげている。僕らのすぐそばをイルカの群れが通過していく。僕のカヤックの真下にもイルカが何頭も通過していった。皆、体を横にして目でしっかり僕らを確認していく。追いかけたり、写真を撮ったりしていたらだいぶ長い時間彼らと過ごしてしまった。いや~、ここに来てイルカとど対面とは…!KちゃんR君には悪いが、いい経験させてもらいました。

 
 

 キャンプ地はすぐそばだった。遠浅のビーチに上陸し、皆でカヤックを芝が生えた場所まで運ぶ。ビーチのすぐ上にウッドデッキのベンチがあり、フラットで上質なテントサイトが用意されていた。ここはプライベートエリアなのだが、マークの友人の土地なのでキャンプをさせてもらえるらしい。さっそくテントを立てると夕飯の準備。メニューは忘れちゃいました…。

 サリューがフラスコに入ったバーボンを振舞ってくれた。喉元を通り抜ける何とも言えない刺激と鼻に抜ける香り…。NZではハードリカーが高いので音沙汰なかった為、かなり美味い。ブランデーもあるぞ?とニヤリとほほ笑んだ。
 最初は冴えないおっさんだな…と思っていたのだが、ここに来て味が出て面白い人だと思う。 
 

 

 翌日、天気は快晴。朝露がひどかったが平和的な朝である。正面から朝日が昇り、神々しい光がじわりじわりと夜に冷えた体を温めてくれるようだ。ベンチに集まって朝食。僕はこの時初めてあの悪名高きオートミールというものを食べた。大麦の粥にドライフルーツなどを入れて食べる。思ったよりは悪くないが、作っているマーク達もそれほど好きな食べ物ではないようでかなり余る。日本でもそうだけど、あまりものは一番下っ端が掃除しなければならないのだ…。朝から腹いっぱいである。正直、自分の献立には入れたくないメニューだ。
 マークのツアーはかなりゆっくりだ。この日もお茶やコーヒーを飽きるまで飲んでからマークと話をしつつテントを撤収する。ちなみにマークのテントは一本ポールの三角テント、マイクとクリスは二人で一つのドームテントを使っていたが、サリューはビビーサックを使っていた。乾燥した場所では自然と一体化して気持ちよさそうだが、サンドフライが多く雨も多いニュージーランドではきつそうだった。
 僕が一人で距離を稼ぐ遠征をやっていた直後だったからかもしれないが、このゆっくりさが妙に気になった。こんな悠長な流れで大丈夫なんだろうか?天候が悪化したら僕らは日程までに帰れるのだろうか??そんな要らぬ心配をしていたが、距離的にはたかが知れている今回のコースではこのくらいのんびりツアーをするのがお客さんにはちょうどいいのだろうと後になって振り返って考えてみた。

 10時過ぎに出発となったが、目の前にはかなりでかい波が打ち寄せて来ていた。マークが波に対して直角にカヤックを突っ込めば大丈夫だとレクチャーし、順番に出発していく。僕は最後に出発したのだが、よりによって僕の時にデカイ波が来てカヤックが垂直に盛り上がるほど大きな波を越えての出発となった。マークが満面の笑みで興奮しながらパドルを上げている。
 余談だが、さすがリジッドカヤックはファルトに比べると裂波性はいい。波を切り裂いて前に出る感じはファルトにはあまり感じられない感触だ。エントリーの際も突入のスピード的に「うわ、ダメだ!」と思っていたのだが難なく越えられたのはリジットの特性があってのことだろう。

 この日は南東からのややオフショア気味の向かい風で、岸際ベタベタをロックガーデン遊びをしながら漕いで行った。
 途中、ルアーを皆で曳いていたのだが、マイクのルアーにカーワイがヒット!マークが寄せて魚をキャッチした。鰓をちぎり、〆てからカヤックの中にしまった。
 釣りの仕掛けはかなりシンプルだ。僕も遠征中に使っていた手巻きのリール(ホイール)にラインがあり、その先にタコテンヤのような所謂ツノ(和製ルアー)を付けただけのものをパドリング中に引っ張るだけだ。ラインをホイールにあるライン止めに留め、デッキバックにホイールを装着できるところがあってそこに固定しつつ漕ぐ。だからパドリング中に邪魔になるということもない。こんなんで釣れるのかよとけっこう疑心暗鬼気味だったのだが、本当に釣れた。しかもこの後全部で4匹ほど釣れる。どれだけ単純…いや、ピュアな魚なんだろうと思う。

 ランチは絶壁に囲まれた小さなゴロタの入江の中に入って休憩。ここでも僕は潜り、スナッパーとタコを一匹とる。本当は足を2本ほど頂戴し、本体は逃がしてやったのだが弱って漂っているのを発見され、回収して全て皆で食べることにした。

 

 ここでカメラが壊れる。
 入江を出発し、みごとなロックガーデンと絶壁の岩礁帯を漕いで行ったので、かなり絵になる風景が連続したのにもかかわらず、カメラがなくて写真が撮れない…!!
 写真くらい撮れなくてもいいじゃないか、カヤックを漕ぐのを楽しめばいいじゃないかと思うのだが、どうも僕はカメラ小僧の気があるようで、写真を撮れないことに猛烈な悔しさを感じると気付いた。
 この日のビバーク地はライオンヘッドという岬で、小さなビーチに上陸し、そこから荷物を持って陸の上にあがる。ちょっと大変だが、陸の上は非常に見晴らしのいい場所で広大な海が眼下に広がるとともにフラットな草原が続いている。ここに各自テントを張り、マークの三角テントを2つ重ねたような屋根だけのテントで夕食を食べた。
 夕食は僕が担当。スナッパーとタコのカルパッチョ、カーワイの照り焼きとタコのバターガーリック焼きなど。クリスが海産物を食べられないというのでマークが持って来ていたインスタントのパスタを食べていたが、皆はウマい美味いと濃い味付けの即席シーフード料理を食べてくれた。デザートはマークがブラウニーを焼いたが焦げた…。かなりガッカリのマークをよそに、マイクと僕はこびり付いた生焼けのブラウニーをたいらげた。
 遠くから何かが鳴いている。 
「キウィの雄だ。繁殖期でメスを探しているんだろう…」
 マークが説明してくれる。名前の由来なのかどうかは知らないが、本当に「キゥーィ、キゥーイ」という声で鳴く。それまでキウィという鳥は西表島のイリオモテヤマネコみたいな存在なのだろうと思っていたのだが、鳴き声を聞いて何回かこの声を聞いていることに気付いた。ひょっとしたら今までのキャンプ地ですぐ近くまで来ていたのかもしれない。そう思うとキウィの存在を意識して、ちょっと楽しくなった。
 翌日はCape Wiwikiのホント、手前まで行ってそこにある小さなビーチに上陸してキャンプを張った。
 何しろカメラがなくなってしまったので記録も記憶もない。
 この日は出発前にマークがマリンVHFを使って頻繁に周りの船舶やベイオブアイランズの民間無線局から天気予報を聞いたりしていた。天気が崩れ始め、風が強くなってきているのだ。マークも時折シリアスな顔になってきた。
 ロックガーデンが素晴らしく、潮の流れを利用してカヤックは細い水路を通り抜ける。水路脇の岩礁にはグリーンリップマッスルがびっしりとへばり付いている。断崖絶壁が続く様になり、海上からの景色もかなり面白くなって来ていた。目の前にはかなり迫力のある光景が広がり、そこをダイナミックに皆が漕いでゆく…。カメラがないことを本当に悔やむ…。
 上陸するビーチもかなりの高い波で緊張を強いられた。僕が一番先に上陸し、波のタイミングを海上にいる皆に知らせて一人ずつ順番に上陸していく。マイク、クリス、サリューが無事に上陸したところでいきなりマークが突っ込んできた。 
「Yawhooo…!!」
 そう奇声を上げながらハイブレイスでサーフィンしながら上陸するのを見ると、ホント、このオッサン好きだな~と、思う。しかしこれが大失敗。ラダーを上げるのをすっかり忘れていて上陸した拍子にラダーが壊れてしまった。その時のマークの顔は本当に「やばッ…」という、近所のガラスを割ってしまった子供のような表情は今思い出しても笑える…。
 が、やってしまった内容は笑えないものだ…。
 おかげで最終日は僕がマークのタスマンエキスプレスをラダーなしで漕ぐことになったのだ…。ヤレヤレ。しきりにマークが詫びていたのが今でも懐かしい。
 この岬の高台の上からの景色は今でも忘れられない。東の海を見ると遠くCape Brettが見え、その手前にはベイオブアイランズの他島群が広がっている。ちょうど夕暮れ時で、西の空に落ちる夕日よりも、その残照にてらされる眼下に広がる海と空の美しさにしばし見惚れてしまった…。この時は本当にカメラが壊れたことを悔やんだが、一眼レフがあればもっとよかったのにと思う。
 でも写真に収めるというのも重要だが、それ以上に未だに脳裏に焼き付いている景色というのもすごいものだと思う。ファーノースで拾ったサンダルがさすがに壊れてきて、それを突っ掛けながらテントサイトまで戻った道も懐かしい。
 そして何より驚いたのが、モダマの発見だ。
 上陸したビーチを探索していたら、何やら見覚えのある物体が落ちていた。黒褐色でオセロのように丸い。白い海綿によって殆ど覆われていたが、その中に包まれているものがとても見覚えのあるものであることはすぐにわかった。手にとって見てみると、それは西表島などの海岸によく落ちているコウシュンモダマの種子だったのだ・・・!
 「ぅお!」
 あまりの意外さに声を出して驚いた。その後さらにもう一個発見する。
 マークや他の3人にもこれが何だかわかるかと聞くと、知らないというか、何を言っているんだお前?というようにまったく興味を示さない。無理もない、知らない人には只の漂着植物の種子である。
 僕はそれが東南アジアのモダマの一種であればそれほど驚きはしなかったと思う。モダマにも色々あって独特の形をした海外産の物が西表島の海岸でも拾えるからだ。ただ、それは完全に東アジアに多いコウシュンモダマだったのだ。それがこんな南半球のニュージーランドの海に落ちている。
「海って、スゲェー!!」って、独り興奮してました。この模様は以前ブログに書いたのでそちらを参照にしてください。

その時拾ったモダマ

 最終日は大迫力のCape Wiwikiをかなりの強風の中、越える。独りで北上していた時にここに来ていたら確かにあの風向きでは苦戦したと思う。巨大な岩のトンネルがあり、そこを通り抜けてベイオブアイランズに入ると、しばらくは風裏沿いを漕いで行くのでだいぶ静かな海を漕いで行く。
 湾を横断してサーシャ達と来たMoturoa Islandの東端、Black Rocksを目指す。僕の乗っているタスマンエキスプレスはただでさえでかいのにラダーがないので横風を受け、追い波を受けるとすぐに曲がってしまう。曲がったそばからスターンラダーをして方向を直していたのでどんどん皆と距離が離れていく。マークがそれではダメだ!と、新しいテクニックを教えてくれる。誰のおかげでこんな目にあっていると思っているんだ、第一荷物満載のキャンプツーリングで、なんでリスキーな上陸を好んでするんだ。ラダーがそれで壊れたんじゃざまあないじゃないか…と、独りイライラしながら愚痴っていたが、確かにそのテクニックは僕の知らないもので、「冷静になれ俺、これは試練だ、マークがくれた試練なんだ…!」と、ポジティブに考えてその技術を習得することに専念しながらパドリングを続けた。
 Black Rocksには強風にあおられてサリューがまたしても個人行動に走り、若干マークもイラッとしているのがわかった。なんとか合流し、ビーチに上陸、最後のランチをとった。
 その後は前回と一緒だ。追い波に乗ってPaihiaに向かって漕いで行った。
 Paihia郊外の小さな公園のある入江に僕らは上陸すると、何事もなかったのように僕らはカヤックを浜の上に持ち上げて運び、荷物をカヤックから出してアンドリューがまわしておいてくれた車と台車に荷物とカヤックを乗せ、マークの家に引き返したのだった。
 
 長かった一週間のツアーも終わりは意外にもあっけなかった。マークの家に着くと各自自分の車に戻って荷物を整理すると会計などを済まし、それぞれの帰路に付くことになった。
 あまりにもさっぱりしているので皆を集め、記念写真を撮ろうと提案し、珍しくセルフタイマーで記念写真など撮ったのだった。
 マイクとクリスは次はプアナイツに行ってダイビングだと言い、車に乗ってTutukakaに向かって行った。サリューも嫁さんがニュージーランド人らしく、その伝手で借りたという車に乗って次の目的地まで旅だっていった。弟が沖縄の米軍基地にいるので日本に行く時は連絡するよと言っていたが、残念ながらいまだに連絡はない…。
 残った僕ら二人は、感慨に浸る暇もなく荷物の片付けに没頭したのだった。

パイヒア到着時。マーク邸の前で記念写真

 
 

 これにて僕は、完全にMt.manganuiからCape Reinga…までは行けなかったものの、Sprits Bayまでの海岸線のラインを繋ぐことが出来た。
 しかしそれ以上に、最後にしてマークと長期間一緒に漕げ、彼のガイディングを目の当たりにできたのは収穫だった。技術的なこと、装備の事などを細かく分析することは僕の個人的なことで、それはここで発表することではない。だが、マークのツアーで思ったことはやはりシーカヤックガイドというのは仕事内容やフィールドはもちろんなのだが、その人柄が一番重要なものなのだと思う。底抜けに明るくて、人間味の溢れるマークが、カヤックの技術的にもツアーシステムにも、そして経験によるノウハウの凝縮を持っているからこそ、お客が一週間も楽しめるのだと思う。
 また、マイクやクリスなど、日本人とは異なる国の人達のカヤックツアーに対する反応なども一緒に参加することで身を持って知ることが出来たのも無駄ではないだろう。
 新しく学んだこともあるが、それ以上に自分の中で今まで学んだことに対する確信な様なものも得ることが出来た。
 基本的な事は何も変わりはない。ガイドは人間であり、常識を持って当たり前だと思えることを当たり前にこなし、でもちょっと日常的な事からは外れてお客さんの満足の為に存在するのだ。
 
 彼に会えてよかった。そして今回のツアーに参加できたことが幸運だと思う。 ありがとうございました。