ブリームベイ

 オークランドを出発し、残りはノースランドへの北上となった。ノースランドはUpper North Islandの北端、大きな半島部分の地域を指す。ニュージーランドに最初に移住した西洋人が上陸し、最初の首都となったラッセル。観光都市パイヒア、農業の街ケリケリ、ノースランド最大の都市ファンガレイなどがあるマオリ族も多く住む地域だ。ニュージーランドの中でも特に海を意識する地域でもある。
 
 そのノースランドに向かうまでには長い砂浜と湾横断を強いられる。まだハウラキガルフの内海だと思って油断していた僕だが、案の定、ここでも苦戦を強いられることとなった。

4月6日 Devonport → Shakespear Regional Park

 ジョンの家を出る日。朝6時半に起床し部屋にある荷物を整理すると裏庭にあるカヤックを海に面した庭の芝生の上に置き、その他のパッキングする荷物も並べていく。天気は良好。正面のRangitotoから朝日が昇り眩しい。
 ステファニーが朝のジョギングに行くというのでジョンと三人で記念写真を撮る。写真を撮っているとジョンの孫娘も起きだし、彼女と一緒に写ってくれとジョンにせがまれツーショット写真を撮る。育ちのよさそうな、上品で可愛い女の子だった。
 ステファニーと別れてから朝食となった。キッチンにあるカウンターに座り、バーテンダーのように食事の準備をするジョンと向かい合うように朝食を取る。 
「ヨシ、ミニマムは6枚だ」
 そういってジョンが立て続けにトーストを焼いてくれる。シリアルも2杯お代わりした。ジョンの友人とミッシェルも起きてきて朝食を一緒に取る。
「ベジマイトは日本で言う、『ごはんですよ』みたいなものでしょ?」
 ちっがーう!!
 日本語でニコニコしながら彼はそうベジマイトを例えたが、似ているようで全く違う…。そこは大人気なくも譲れなかった。そして急にごはんですよが食べたくなる。
 8時半になり、コーヒーを飲んでいるとジョンが潮の心配をしだした。慌ててコーヒーをすすり、彼にお世話になったことの感謝の意を伝える。
 すると彼は僕の目を見据えて真顔でこう言った。 
「俺も若い頃は山ばかり行っていた。ヒマラヤばかり歩いていた。現地の人間にはとても世話になった。だからこの国を旅するお前を世話するのは当然のことだ。何も心配することはない」
 ジョンはしっかりと目を合わせてそういうと一緒に庭に出てパッキングを手伝ってくれた。その言葉が妙にうれしい。心にいつまでも残り、オークランドを離れて海の上を漕いでいる時も嬉しさがこみ上げてきた。
 
 パッキングをするが食料とビールを買いすぎたうえにジョンにもらったリンゴが嵩張って手こずる。結局積みきれずコクピットの股の間に挟んで出発する。時刻は9時20分とけっこう際どい時間になっていた。さっきハグして感無量で別れたステファニーまで戻って来てしまった…!ビーチの前はかなり浅くなっており座礁するギリギリだったが、降りて引っ張っていく出発はみっともないので半ば強引に沖に出て、なんとかパドリングを続けて別れた。
 風は東の風風力6m/sほどで大したことなく、景色も北オークランドの住宅地沖をひたすら北上していく。沿岸を漕いでも浅いし面白そうもないので直接今日のキャンプ予定地であるシェイクスピアパークを目指す。ここは北オークランドに突き出たワンガパラオア半島の先端にあり、それより先に進んでも問題ないのだがその半島の先にあるテリテリマタンギ島(Tiritiri Matangi Island)に寄ってみたかったのでここに泊まることにしたのだ。
 これといって何もないので2時間、4時間と淡々と漕ぎ、14時頃半島の先端に到達する。
 キャンプ場が何処だかわからなかったので適当に上陸しては陸地の様子を見て回り、キャンプサイトに最も近いところにカヤックを上陸させてテントを張った。
 荷物をテントに放り込むと、空荷のカヤックで4~5km沖合にあるテリテリマタンギに向かう。
 この島になぜ行きたいかと言うと、ここがBird Sanctuaryになっており珍しい鳥が多く生息しているからなのだ。もともと牧場にするために森に覆われた島だったのを伐採し、ほぼ禿山状態だったものを植林によって島の6割を森林に戻すといった経歴があり、多くのボランティア達によって保護されている島らしい。現在はニュージーランド固有の鳥類の保護、繁殖が目的で国内に生息する様々な鳥類を観察することができる。
 キウイもその一つだ。一般的にはオークランドから発着するフェリーに乗ってツアーに参加しDOCレンジャーガイドの話を聞きながら島を回るのが定石なのだが、個人で来てもいいという話なのでカヤックで直接行ってしまおうと思ったのだ。何しろ飛べない鳥「タカヘ」が普通に見られるというのだから興味を引く。
 島に取りつくと反時計回りにこの島を回っていくことにする。しかしこれが南から東海岸にかけてものすごい三角波で、酷い荒れようだった。おまけに太陽が逆光になり沿岸がまったく見ることができない。オークランド近郊で最もアツいロックガーデンに囲まれた島とガイド本にあったのだが、もうそれどころではなかった。ロデオのようにカヤックを操り、ほうほうの体で北から西に回ると海は嘘のように凪ぎ、やれやれとため息をつく。
 桟橋の前にあったビーチに上陸し、カメラだけ持って島にあるトレッキングコースを歩く。確かに鳥が多い。サドルバックや、スティッチバードなどの独特の鳴き声をする鳥が多く面白いがタカヘは見ることができなかった。
 調子に乗って奥に入りすぎ、17時半まで山を歩いていた。さすがに焦って走るようにカヤックのもとに戻り、夕日を見ながらキャンプサイトに戻る。サマータイムが終わったことをすっかり忘れていて、18時半にはもう闇夜で明星を頼りに何とかビーチにたどり着いた。
 テントに入ると夕食の準備。中途半端に残っていたパスタとトマトソースにアボガドを入れて食べる。新たに奮発して買い足したパルメザンチーズをルンルン気分で振っていたら…アリエナイことが起きた。
 なんと内蓋が外れて中身が全てパスタの上に…!! 
「オオぉおぉ~…(悶絶)!!」
 あまりにおバカなコントのような展開と、山盛りになった粉チーズを前に笑ってしまったが、正直こんなところで全て使いたくはない。うま~く上層部分をすくい取り、しっかりと内蓋をする。かなり濃厚な美味いパスタになったのは言うまでもない…。 

漕行距離:23km+12km(Via Tiritiri Matangi)
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4月7日 停滞

 朝起きてテントから出ると風がやたらと強い。うまい具合に風を避けてテントを張れているが沖合にはウサギが飛んでいた。風向きは向かい風の北だ。天気は良いのだが、これから先の海峡横断を考えると気が滅入る。
 パンにステファニーから餞別でもらったマヌカハニーを塗りたくり5枚食べ、コーヒーを飲みながらテントの中でグダグダと出艇するかしないかを考える。体も何故か妙にだるい。
 北の様子を見る為に半島の北端まで散歩してみる。牧草地が広がりニュージーランドのマスコットともいえる羊がそこらじゅうを歩いている。半島の北部はニュージーランドの軍施設になっている為に入ることができず、第二次世界大戦の時に作られたトーチカなども公園内に残っている。海岸に出たり展望台に登って様子を見たりするが、波こそないものの風がやばい強い。すでに時刻も10時を過ぎており、考えた末午後3時になっても風がやまなければ停滞しようと決める。テントに戻って司馬遼太郎の本を読むが一時間ほどでついに読み終わってしまった…。
 耳かきしたり、つめ切ったり、ガイド本読んだりしていたがそのうち眠くなり、昼寝をしていたら気付いた頃には16時を回っていた。出発は諦めたが、多分深層心理で出発を躊躇っていた部分がもともと濃厚だったはずだ。ジョン達との交流があり、別れがあってから寂しさを感じていたのも気持ちを重くしていた理由かもしれない。
 雨が降ってきたので今回の旅用に買ったブルーシートでの簡易タープを試してみる。総作費$20ほど。木と木の間にロープを渡し、そこにブルーシートを被せて四隅につけたロープを地面に固定し、ロープとタープのつなぎ目をパドルで押し上げるという単純なものだが、前室まで出来上がり思ったより上等だ。何とかなりそうである。
 17時半に早めの夕食。いつもの炊き込みご飯に味噌汁。おかずは昨日の残りのアボガド。
 体が気だるくて、テントに入って本など読んでいるとすぐに眠くなる。オークランドで十分休養を取ったつもりだったが、実際はベッドの上よりもテントの中の方が落ち着けるのかもしれない。事実、昨夜は久しぶりのテント泊でよく眠れた。
 車を購入しニュージーランドを旅してからはほとんどがテント泊だった。もはやテントという個室空間が至極上等な落ち着ける場所なのかもしれない。
 そういう生活が、妙に自分の性にあっている気がした。

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4月8日 Shakespear Park → Anchor Bay

 
 朝7時に起床。サマータイムが終わったのだからもう少し早く起きたいのだが、朝起きることができない。軽い現実逃避か。夜半に雨が降ったようで朝もぱらついていたがパッキングをする際には上がってくれて助かった。
 朝食は昨夜の残りと食パン。普段の遠征でパンはあまり食べないのだが今回は妙にパンをおいしく感じていた。その後も買い出しができると食パンを購入していたのだが、この時は残り数枚にカビが生えていることを知り、残念無念で破棄した。
 バックパッカーに一週間放置していてもカビなど生えなかったのに、さすがにカヤックの旅では湿気が多いらしい。コロマンデルの米の件といい、食料は常にチェックしていないとあとで痛い目をみそうだ。
 カヤックにパッキングを済ませてから、最後にタープテントを撤収、座席の下に挟むように収納することでクッション代わりにもなるし体が浮き上がるのでパドリングが楽になる。これは今回の旅で得たちょっとした発見だった。
 9時20分、出発。
 風は昨日の北風からうって変って南西から吹いているように感じられた。岬を北に回り軍の施設があるHuaroa pointを越えて沖に出るまでに意外と時間がかかった。微妙に潮が流れていたのかもしれない。沿岸には対空射撃砲が設置しており、もう昔のもので使えないモノなのかもしれないが軍の施設だと一目でわかる場所だ。
 岬の先端を越えると今度はほぼ北に進路を取りDOCのキャンプ場があるMotuora Islandの西岸を狙って漕ぎ進む。南西の風だと思ってやや追い風を期待していたのだが西風だったようで、左正面に風を受けながら眉間にしわを寄せ漕ぐ。再び雨が小雨ではあるが降り始めて視界が悪い。コンパスを頼りに漕いで行く。この海峡横断には2時間半ほどかかり、12時10分くらいに西岸に取りついた。
 小休憩。もらったリンゴを齧り、小便をする。カヤックの上で行う小便にもこの頃になるとだいぶ慣れ、波が高くて雨も降っているのでスプレースカートを取るのが躊躇われる状況でもスムーズに行えるまでになっていた。 
 Motuora Islandは先ほど書いたようにDOCのキャンプ場があるがほぼ無人島でカヤックやヨットでしか来ることができない。面白いキャンプ場だが今回はパスして上陸もせずにその先にあるMoturekareka Islandを目指す。ここの西海岸に上陸し、少々休憩。この沿岸に座礁船があり、それを写真に撮る。あまり大きな船ではなく、船底の部分しか残っていなくてカヤックで近づこうと試みたが透明度が悪く、到るところから鉄柱が飛び出ていそうなので諦めて先を急ぐことにした。
 そこからさらに北上すると右手にKawau Islandという比較的大きな島が見える。この西海岸は深い入り江があり、昔の炭坑跡などもあるようだ。その沿岸を漕いで行こうと当初は考えていたのだが西風が思いのほか強い。まっす真北に向かい、正面に見えるTakangaroa Islandを目指す形で行くが結局流されてKawau Islandの北西海岸に上陸する。ここのVivian Bayという場所に風裏があったのでそこに入り込んでやっと休憩が取れた。風はいつの間にか10m/s近くに上がっていたと思う。海面には強い風紋ができ、風裏に回ってきた風が突風のように吹きぬけていく。オフショアの内海なので波が無いのが救いだ。
 ここからKawau Islandと北島本島から突き出たTawharanui Peninsulaの間を東に抜けて岬を回り込み、その北沿岸に位置するAnchor Bayを目指す。
 北島本島の影響で若干うねりも弱まり、漕ぎやすくなった。心配していた潮流の影響もほとんどなく、風に押されながら外洋へと流されつつ漕ぐ。正面にLittle Barrier Islandが見え、その先にかすんだGreat Barrier Islandが見える。ハウラキガルフを挟んでやっと対岸まで来たといった感じで漕いで来た実感がある。
 Tawharanui Peninsulaの沿岸に張り付き、そのまま先端のTakatu Pointを回り込む。思いのほか迫力ある絶壁の断崖に天気の良い凪ぎの日にまた来てみたいなと思った。またここまで来てKawau Islandの東海岸を見ることができたのだが、西側と違って東側は断崖絶壁になっておりかなり壮観な景色が広がった。何隻か船が泊まっており釣りでもしているのだろう。オークランド近郊有数の釣りポイントであることは釣り雑誌を読んで知っていたが、確かによさそうな場所だ。
 潮が良かったのか、風に押されたのか岬はいともあっさり越えることができた。しかし大きな外洋からのうねりが岬にぶつかり沿岸域は真っ白に飛沫をあげている。かなり沖合をぐるっと回るように北に回ると今度は西風を向かい風にして漕ぎ進む。
 地図にあるキャンプ場のマークはかなり岬の先端付近にあるのだがとても上陸できるような場所はなく、漕いで行くとかなり内側にビーチが見えた。この旅の初日で起こしたサーフ上陸の失敗がオーバーラップしてちょっと怖い。しかし上陸しなければ温かい飯も食えないのだ。意を消してそのサーフゾーンに突っ込み、みんながサーフィンをしている横に何とか無事に上陸することができた。トラウマも何とか解消できたようだ。
 砂浜の潮上帯までカヤックをあげ、浜の上にある緑地に上がってみるとどうやらここはTawharanui Regional Parkといって前日泊まったシェイクスピア公園と同じくオークランドが管理している公園らしいことがわかった。焚火も釣りも禁止という何ともつまらない場所だ。キャンプサイトももっと内側にあり多くの人がテントを張っていた。時刻を見るとすでに5時を過ぎており、日はすぐに暮れるだろう。テントサイトまで行くのも面倒くさいのでサーファーが少なくなって暗くなってから裏にある松林にテントを張ろうと決めた。案の定、特に何も咎められることはその後なかった。
 月が出てきてきれいだったので波に乗るサーファーのバックにその月の写真を撮り、辺りを探索する。ロケーションは良いところだ。
 月は出ているのだがときどき雲が流れてきて雨を降らす。タープテントを張ってその中にテントを張り夕食を作る。
 ここのカモメはかなり人慣れしており、カラスのように人の荷物を突っつき、食料を見つけ出す。油断していた僕はジップロックに入れた行動食のバナナチップに穴をあけられてしまった…!
 ますますニュージーランドの鳥が嫌いになる…。

漕行距離:40km
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4月9日 Anchor Bay → Mangawai Heads

 
 AucklandからNorthlandに向かう途中、Bream Bayという湾を通過する。
 直訳すると「鯛湾」という、なんとも魅力的な名前なのだがここがかなり面倒くさい。
 昨夜泊まったAnchor Bayからちょっと北のところにあるLeighという街からWangalei Headという街まで、51kmにわたって延々とサーフ地帯が続くのである。途中にBream Tailというちょっとした岬があり、その麓にあるMangawai Headsという街に入江があって、そこが唯一安全に上陸できる場所だ。
 たかだか51kmと言えるのか、それともやはり51kmなのか…。エスケープルートが少ない場所を漕ぐのにはかなりの気合が必要だ。サーフとはいえ陸のそばを漕ぐのだから上陸さえできれば死にはしないとは思う。だけどこの旅はカヤックの故障とともに終わるだろう。運がいいことに(?) 風は西風でオフショアだ。外洋のうねりは入ってくるものの、沖からの風でハチャメチャになった海況ではないので何とか漕ぎ進むことはできるだろう。
 そう考えていた。だからこの日も沿岸ぎりぎりを漕いで風さえしのげば前進できると思っていたのだ。確かに前進はできたが、この日はこの遠征でも指折りの苦戦日となった。
 
 朝6時15分起床。僕にしては早起きだ。何しろキャンプ場じゃない場所にテントを張ったものだから人が来ないうちに撤収してしまいたかった。しかし雨が降っているのでタープだけ残し荷物をパッキングし、その下で朝食を食べる。 
 せっかく早起きしたのだがまたもやパッキングに時間がかかり、出発できるようになったのは8時を過ぎていた。食料が増えた為にパッキングのパターンが変わって未だに把握しきれていない。困ったものだ。
 エントリーは正面から打ち寄せるサーフの為にタイミングを見る必要があったが、カヤックが勝手に波の力で沖に流されていくので仕方なくそのまま乗艇し、案の定波をかぶって全身ずぶ濡れになった状態でスタート。ビルジーポンプの性能は高い方がいいと今回の旅ではよく考えたものだ。
 コクピットの満水した水を排水してからパドリングを開始した。
 Omaha Bayの対岸に見えるLeighの街を目指すが、昨日よりも強い西風によって自然に沖に流されるのでかなり内側にバウを向けてフェリーグライドしつつ進む。昨日と同じく雲が流れてきたと思ったら雨が突発的に降り、雲が消えると止む…といった天気だ。
 Leighの街は小さな漁師街だ。ボートを下ろすスロープもあり、オークランド近郊に住む釣人達がやって来てマイボートで釣りに繰り出す場所でもある。僕はオークランドに滞在中、よくここに友人と共に魚突きをしに来ていた。海洋保護区のGoat Islandを近くに控え、透明度も比較的よく、オークランドからも高速道路に乗って1時間半ほどで来れる場所なので良かった。何より2回目にここに来た時、10kg近いキングフィッシュ(ヒラマサ)をバラしており、その悔しさがこのポイントへ足げに通った最大の理由かもしれない。規定ギリギリのスナッパー、カーワイ、レザージャケット、タコ、バターフィッシュなどを突いてオカズとし、この地での海を体験、学習していったものだ。
 そんな思い出の街、Leighの静かな入り江に入って休憩などしたかったがこの時はそんな余裕は微塵もなく、沖を通りすぎてそのままCape Rodneyを越える。この岬の先からしばらくは断崖絶壁になっていて海は海洋保護区になっている。Goat Islandという島があり、その周りがシュノーケルポイントとして一般の観光や環境教育などに使われている。この場所にも何度も潜りに来ておりカヤックで通過したいなぁ…、海からの景色を見たいなぁ…などと考えていたのだが風が強すぎた。それも半端ではない。オフショアの風が崖の上から吹き下ろし、島の間を吹き抜けてとんでもない突風が吹いた。おかげでそれを横から受けた僕は思わずローブレイスをかまし、沈を免れた。風でバランスを崩すなんて久しぶりだ。
 島の間を通り抜けて内海に入ろうと考えていたが、島の外側を通って反対側に抜ける。それでも突風ではないが強力な向かい風が行く手を阻む。 
「こりゃ、今日はやばいな…」
 少し戦意喪失気味に陥り、ここにあるホリデーパークに泊まろうかとも考えたがそれはさすがに時間が早すぎるので先を漕いで行くことにする。島に挟まれ局所的に風が強いだけだ…と自分に言い聞かす。確かにそれは事実だったが、苦労することは免れない。
 猛烈な向かい風の中、顔をしかめつつなんとか岸に張り付きながら前進する。時折崖の上から突風が吹き危ない。神経をすり減らす、なんとも心地の悪いパドリングである。
 Goat Islandの海洋保護区を越えるといよいよ怒涛のサーフ地帯が待っていた。
 目の前に永遠に伸び続けているんじゃないかと思えるサーフが見えてきた。この手前にあるPakiriというビーチに上陸するつもりは当初なかった。できるだけサーフ上陸は避けたかったからだ。だが、あまりのパドリングのしんどさにこれは長く続かない…と思って一先ず上陸して様子を見ることにした。
 海図を見る限り、Pakiri riverという川がありその中にホリデーパークがあるはずだった。ところがそんな川は見つけることができず、目星をつけてサーフ上陸を試みる。サーフィンのメッカと聞いていたが干潮で波がなかったのか誰もいないし、たいしたことない波だったので難なく上陸。ただ、遠浅の干潟のようになった砂浜で潮上帯はだいぶ歩かないとないと言った感じだ。チョロチョロと澪筋ができていると思ったら、それがPakiri riverの河口だった。その澪筋をたどって歩いて行くと川があり、砂によって水が堰き止められている。そこからホリデーパークを見つけることができた。
 あまり客は入っていないようで受付のある事務所に行くと宿泊料金が載っていた。Non-power siteが$20とやたらと高い。シャワーは¢50取られるし、あまり良いホリデーパークには思えなかった。時刻もまだ早く、天候がイマイチといってもまだまだその日の移動を取り止めるには早すぎるし、そうまでするほど漕げない海でもない。上陸してリラックスしたせいか体の調子も元に戻り、十分漕げる。これまでのペース配分から予定通り、Mangawai headを目指すことにした。
 せっかく上部まで持って行ったカヤックを再び波打ち際までもっていき、サーフエントリー。波打ち際で一気に割れる波なのでカヤックに乗るまでにちょっと苦労はしたが、沖に出てしまえば問題ないサーフだった。
 心なしか風も弱まったような気もしてきた。
 しかしそんな甘い考えも束の間、すぐに西からの向かい風が襲うようになる。絶えず腕には風の抵抗を感じながら休むことなくパドリングを続けるしかない。出艇した自分の判断にやや不安がよぎった。
 左手にサーフを眺めながら漕いでもそれほど代わり映えのない海岸線をひたすら漕いで行く。たまに馬に乗って海岸を走る人達がいて、彼らは風裏にいるので風などほとんど感じていないのだろうと思う。陸の上にいれば平和ないい天気なものを、ちょっと海に出るだけでこれほどの不安を感じるなんて…。
 途中で気付いたのだが、西の陸の方から雲が流れてきて近づくとダウンバースト現象でも起きるのか、そのたびに風が強く吹き付けて雨がアホみたいに降る。そして雲が切れると嘘のように風はやみ、しばらくの間凪いだ海を漕ぐ…ということになった。
 ちょうどPakiriとMangawaiの中間地点だったろうか…。
 強力で如何にも悪者っ!…と、いった感じの雨雲が近づいてきたかと思うと、ジワリジワリと風が強くなり、ある瞬間に一気にテンションが上がり爆風が吹き下ろした。あまりの風圧にパドルを剥ぎ取られそうになるし、カヤックもバランスを崩してしまいそうだ。沖に流されるのを避けて思いっきり陸に向かってカヤックを漕ぐが、雨も降っていて視界が著しくないので風の向きが西から…ということ以外周りが見えずに包囲もわからなくなる。そんな時、「あぁ、遭難ってこういう時になるのかな…」などと考え、手元のマリンVHFを携帯し、いつでもMAYDAYが送れるよう16チャンネルにしておいた。
 風が吹き抜ける時はガムシャラに陸に向かって漕ぐので、この時パドリングが持続不可能になれば…それは確かに遭難を意味した。
 漕いでいる時はいつまで続くのか不安になるが、必ず風はやむし、やめば凪ぎになる…というパターンもわかっていたのでそれほど慌てることなく漕ぐことができたのは僕の楽観主義が関係しているのかもしれない。
 この雲が去った後は幸運にも30分ほど凪が続き、いい感じで距離を稼ぐことができた。
 3時過ぎ、ちょうどTe Arai PointというPakiriとMangawaiの中間に位置する小さな岬を越え、しばらく休憩する。かなり沖合を漕いでいたのだが、ときどき人の声らしきものが聞こえてくるので幻聴にでもかかったかと思ったが、少し先にある波が崩れる場所でサーファーが泳いでいるのだった。カヤックで移動する旅なのでしょうがなくこのサーフ地帯を漕いではいるが、本来はサーフィンをする場所であって、カヤックを漕ぐような場所ではないよな…と、思う。
 休んでいるとドンドン沖に流れ出ていってしまうので定期的に陸に向かって漕ぎ、流されながら休んだ。
 この小さな岬を通りすぎると、はるか沖に目的地のランドマーク、Mangawai headの灯台を確認できた。風もモロ横風ではなく南西から吹く風になったのでやや押される形となり、パドリングをするのにも力が入った。
 進むにつれて、サーフに打ちつける波の迫力が増して気がする。大きなうねりが外洋から入って来て僕を上下させると左側に抜けていき、しばらくしてから「ドーンッ!」という大きな音とともに波が割れる。崩れた波頭が風を受けて霞がかりなびく。その波の列が何本もできているのを少し日が陰ってきた光の中見るのはなかなか迫力がある。この波の中に上陸しなければいけないかもしれないという恐怖を忘れるくらい、見惚ってしまう。しかしちょっと我に返ると風でなびいて大きく見えるだけで、波自体は大したことはない…と自分に言い聞かせる。
 16時半、再び雨雲が接近し、いつものごとく強風が吹きぬけてきた。もう少しで入江の入口が見えると思っているところで出くわすと、なかなかめげる…。しかもこの後は雨雲が去ったあとも風がやむことはなく強い状態が続いた。肉体的にもかなり疲れてきたし、もうすぐだと思っていた入江が遠い。
 入口の手前にサーフとは異なる小高く広がる砂州が思いのほか長く、これが見えたらもうすぐだと思っていたのが甘かったらしい。メンタル面でも堪えてきた。
 海図を見ると入江の入口に暗礁があって、その先端に灯台がある。そしてその周りにはサーフゾーンを示す波型の点線が囲んでいるサーフ地獄だ。入江の入口はその灯台の手前から入ることができ、必ず航路として使われているラインがあるはずだからその真沖に出ればラインが見つかると考えていた。
 しかし僕がいるところからは目的地の周りは高い波が乱立しているように見えて詳細がわからない。沖に出て回り込んでいけば良いものを、日が暮れ始めて焦っていたのだろうか、様子を見る為にしばらく浮いていた。
 波の崩れる音が背後からして「ハッ」と後ろを見る。怒涛のように押し寄せる波に、急いでリバースストロークをしてバックで波をいなす。垂直に尻から持ちあがったカヤックが、乗り越えた瞬間、海面に叩き落とされて大きくしなった。 
「しまった・・・!!」
 知らず知らずのうちにサーフゾーンに入り込んでしまっていたのだ。
 波を乗り越えたのも束の間、次の一波が押し寄せてくる。舟を廻して沖に向きたいが、間隔が狭くて回り切れそうもない…!再びバックから波をいなす。これも何とかクリアーしたが、どうにもこうにも生きた心地がしない。 
「やばいぞ…、ヤバイッ!!!」
 しばらくすると波に押されたのか更にサーフゾーンの中心部に近づいて波が崩れるようになってきた。相変わらずバックでいなしてはいるものの、えらい潮をかぶる。沈するのも時間の問題だ。波から落ちる時の衝撃も、荷物満載のカヤックには大きすぎるように思えた。この波の中でカヤックから放り出されたらタマッタものではない…。波をいなしながら周りを見渡す。このまま波に乗って岸を目指してしまうか考えるが、岸までの間にある波を見ると自分のテクニックで越えていくには無理がある波々が打ちつけている。ガムシャラニなってカヤックを沖に向けようとし、ハイブレイスも何回したかわからないが全身ずぶ濡れになってなんとか沖に向け、大きなうねりを越えながらひたすらサーフから逃げた。
 かなり沖に出て落ち着きだして、しばらくは膝が震えていた。とりあえず危機からは脱した。
 そのまま沖を漕いで回り込むが、波が強すぎて入江の入口は依然として見つけられない。時刻は5時半を回り、太陽はすでに沈んでいた。 
「どうする、どうする…?」
 とにかくもうどうでもいいから陸に揚がろうと考え、灯台のある暗礁を回り込み、反対側に上陸してみようと考えた。灯台を回ると思った通り、大きなうねりこそ入るものの規則正しく波が打ち寄せるので手前のサーフほど危なくはない!決断は早かった。波に乗らないように漕ぎまくって大きなうねりの中、なんとか無事に上陸する。暗礁の間をこちらからすり抜けて入江に行こうかとも考えたが、打ちつけている波を見るとツナミレンジャーでもあるまいし、あんな所を通り抜けるのはアホだと思って止めた。
 ビーチには仕事終りにサーフィンをしに来たサーファーや、散歩をしに来た若者たちでにぎやかだった。
 ビーチの上に東屋があり、駐車場もあるのでひと気が多く、キャンプするには向いていそうもない。荷物を持ってキャンプ場を捜し歩くか…と、考える。
 しかしとにかく波をかぶりすぎた。全身くまなく潮まみれになり、パドリングをやめた体にニュージーランド特有の夜の冷え込みが堪える…!ウンコもしたいし、とにかく着替えようとカヤックを引きずりあげようとするが、水が満載なのかビクともしない。カメラの入ったペリカンケースはバンジーコードから外れて引きずられ、水筒のシグボトルは紛失していた。 
 
「どこから来たんだい?」
 カヤックの中から荷物を放り出し、軽くしてから引きずりあげていると、いつものごとく通りがかりの夫婦が話しかけてきた。正直、あまりの寒さにそれどころではなかったが、無視するわけにもいかず応答する。いかにも人の良さそうな、善意の塊、無邪気な好奇心で話をしている夫婦で、そのありきたりな質問が余裕のないこの状況では少しイラつかせる。思わず日本語で「空気読め…」と、呟いてしまった。 
「今日はどこに泊まるんだい?」 
「キャンプ場?ここからまだかなりあるよ。カヤックに乗って行けばイイじゃないか!」 
「え?もう寒くて限界?」 
「よし、じゃぁ、車でキャンプ場まで連れて行ってやろう!」
 作業しながら話をしていたのだが、ここにきて、初めて彼らの顔を直視した。
まじで!? 
「カヤックはあの上にあるサーフショップに預かってもらえばいいんじゃないかな。僕が聞いてきてあげよう」
 ナ、なんていい人達なんだ!そしてなんて現金ナンダ、俺!!
 あれほどウザがっていたのに百八十度彼らを見る眼が変わってしまった。着替えながら奥さんの方と話をしていると、丘にあるサーフショップの店員らしき人間とご主人が降りてきた。 
「どうせなら、ここに泊まっていけばいい」
 店員はそう言って左の眉毛を持ち上げて首をかしげた。よく見るとサーフショップだと思っていた建物にはライフガードのマークが付いている。ここはライフガードの事務所だったのだ。宿泊施設も中にあるのでそのベッドを一つ使えばいいと申し出てくれた。これには驚いたとともに、自分には好都合すぎる展開に自分の幸運に感謝した。もちろん、色々と助け船を出してくれた夫婦にはものすごく感謝している。彼らとともにカヤックをライフガードの艇庫に入れさせてもらい、荷物を運びこむと、彼らは名前も告げずに去って行ってしまった…。本当に親切な人っているんですね…。Thank you very much!…と、しか言えない自分のボキャブラリーのなさが厭にもなった。
 ライフガードの男はディーンといい、本来はオークランド在住なのだが明日にこの北にあるWhangareiの近く、Ocean beachでライフガードの集まりがあるというので先ほど着いたばかりだという。明日の朝早くには出るので、それまでゆっくりして行けばいいさと言って、部屋を案内してくれた。さっそくシャワーを浴び、トイレに駆け込む。便座に座ったとたん、真っ黒な便がドバドバと出て体の異常を訴えている。シャワーもいくら浴びても体が温まらず、ガクガク口を慣らしていた。どうもハイポサーミアギリギリまでいっていたのかもしれない。30分くらいシャワーに打たれていた。
 外に出てカヤックを整備していると、サーフィンをしていたライフガード達が帰って来てホースで水をかぶり着替えている。僕は寒さの為に着れるものをすべて着こんだ格好をしており、白人の体温の高さに呆れる。
 僕のロングフィンを見てフリーダイビングもするのかと聞かれ、スピアをやると言ったら話が合った。彼らも休日にはよくスピアに行き、クレイフィッシュなども採るようだ。しばらく立ち話をするが着替えが終わると「good luck!」とだけ言ってパッと帰って行った。
 2階はディーン達が泊まっており、息子と犬、そして奥さんと3人と一匹でテレビを見ながらくつろいでいた。僕はキッチンだけ貸してもらい夕食を食べると、少し話をしただけでベッドに戻った。
 掌には久しぶりに豆ができており、肩のあたりが妙に凝っている。明日は多少筋肉痛もありそうだ。
 ともかく、全身の筋肉を張り詰めることが多かった。苦労熱なのか風邪っぽい症状もあり、錠剤を飲んでからログをつけて10時には寝た。
 漕いだ距離は40kmと普通だが、よくぞこの海況でここまで漕ぎきったと自分の能力を伸ばした一日に満足していた。しかし何より、それ以上に人との出会いに恵まれた一日でもあった。彼らとの出会いがなかったら、今頃どうなっていたことやら…。何度も書くが、本当、自分の凶運にも感謝せずにはいられない一日だった。
 
 後日、ポール・カフィンの本を読んでいたら彼もMangawai headでは、このライフガードの施設にお世話になっていることが書いてあった。
 なんかそれが、妙に嬉しかった。 

漕行距離:40km
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4月10日 Mangawai head → Pataua

 6時45分に起きると外が騒がしかった。もうかなり人が来ているらしい。
 思ったよりも体の調子がよく安心した。外に荷物を置きに行くとディーンもいた。 
「昨日はよく眠れたかい?」
 たぶん、僕よりも若いだろうライフセービングのマネージャーはサッパリとそういい、7時には出るけど、自分はどうする?カヤック出すなら手伝うぞ。
 そういうので8時に出発すると言い、カヤックだけビーチに出すのを手伝ってもらった。かなり重いので普通なら「うわ、なんだこりゃ」「重いなこりゃ」とか「腰に来るな~」とか、リアクションがあるはずなのだが、彼はごく当たり前に持ち上げて、ただ一言「good trip!」とだけ言い残し、家族と共に車で去って行った。
 キッチンで朝食を食べる。いつもは冷や飯に味噌汁ぶっかけて猫飯状態の雑炊を食べるのだが、この時は電子レンジと言う素晴らしい近代兵器があったのでチンしてバターライスにして醤油かけて食べた。それだけで美味い…。
 あまりの居心地にゆっくりしてしまい、パッキングにも時間がかかって8時どころか実際は9時に出発することになった。
 昨日ディーンに見せてもらった天気予報で今日は高気圧に覆われて晴れる予報だったが、まさに絵に描いたような快晴の海に、気分は上々。風もやや追い風の南となり、順風満帆である。
 Mangawai headの北にはBream tailという岬があり、そこから弓状にサーフが再び広がる。しかしそこはショートカットし、湾の対岸に見えるみごとな岩山、Bream headを目指す。この湾の名前がBream bayだ。まさに鯛の尻尾から頭に向かっていくのである。
 その名前の由来は鯛がいっぱい採れたから…という安直な理由なのかは知らないが、実際鯛はよく釣れるようで、この日もたくさんのプレジャーボートが釣りに興じていた。
 昨日の風が嘘のように海は凪ぎ、潮の影響もほとんどないようなので淡々としたパドリングを繰り返していると、正面に見えていたBream headがだんだんと近づいてくるのがわかる。
 以前、オークランドからノースランドに行く為に車で国道を走っている時、天気があまり良くなくて空には雲がかかっていた。時たま局所的に日が差す時があり、それ以外は小雨も降るような、ニュージーランドではよくあるお天気雨だった。Bream bayが見える平地に山岳地帯から出ると、正面がパッと開け、海の向こうに鬼が島のように急峻な岩山が見えた。それが沖に浮かぶHen and Chickens Islandsと、対岸にあるBream headだ。あまりの迫力に危ないけど車を運転しながら見惚れてしまったものだ。天気が悪く、シルエットしか見えなかったのが逆によかったのかもしれない。
 その岩山にカヤックで近づいていくと時刻は12時半になっていた。心配していたBream bayの長いサーフ地帯もこれで終わり。ここから先は多数の磯と入江が多く存在する海岸線になり、面白みが増えそうだ。写真を撮りまくって休憩し、13時過ぎに出発、その先にあるOcean beachの手前にあるビーチに上陸した。
 ノースランド最大の都市、ファンガレイ(Whangarei)。
 Bream bayの北の端にある入江を入っていくと広大な内海が広がり、天然の良港となっている。そこに栄えたのがこの町で、今回はその場所がら行くことはできない。そこに住んでいた友人が言うには、Ocean beachは相当にきれいな良いビーチらしい。そう聞いていたのだが、確かにきめ細かな真っ白い砂は素晴らしく、水もかなり澄んでいて海底の海藻の踊るさまがカヤックの上からもよく見てとれた。外洋のうねりが残るビーチに上陸すると、しばらく休憩することにした。
 昨日の大波で水筒をなくしてしまったが、今日の出艇でも水を入れていたコカコーラのペットボトルをまたなくしてしまい、仕方がないと言ってビールを開けた。うめぇ~。
 辺りを散歩し、岬の先端から釣りをする人達を観察した。白人の金持ちは船で釣りをし、磯釣りをするのはもっぱらアジア人やマオリ達だ。社会的地位がよくあらわれていると思う。
 14時15分、ちょっとゆっくりし過ぎたと酔っぱらった頭で考え出発。Ocean beachの北の端あたりでキャンプをしようと考えていたのだが思いのほかひと気があり、十分まだ漕げそうなので先に漕いで行き、良い入り江があったら入ろうと思っていた。
 しかしこれがない。浜自体もないのだが、これは!?という場所があっても私有地らしく、ちゃっかり別荘みたいな家があったり、キャンピングカーが泊まっていたりするのである。
 地図で見ると道路などないはずなのだが、小さい私有道路はあるのかもしれない。少し遠くなるがペースがいいのでなんとかPatauaにあるホリデーパークに向かうことにした。
 Taiharuru Headを回り込むと正面に夕日が見える。時刻は5時になろうとしていた。ベタ凪ぎの海をスイスイとラストスパートをかけ、ちょうど満潮の上げ潮に乗ってキャンプ場のある入江の中に入って行った。潮淀みでアルミボートで釣りをしているおっさんがいたのでキャンプ場の場所を聞くと、正面に見える林を突っ切って行った場所らしい。はたから見るとわからない場所だったので聞いておいて正解だった。干潟だったがちょうど満潮だったらしく、カヤックをそれほど引きずらずとも潮上帯に揚げることができ、ベストタイミングだ。明日も朝に出る分には何の問題もないだろう。
 オフィスに行くと$17.5と何故か中途半端な値段。だが、受付のマオリと白人のハーフのおばさんはかなり気分のいい人で、こっちも気持ちがいい。しかしシャワーが3分¢50だったり、キッチンのストーブすら使用する際に金を取る。と、やはり微妙だ。
 それなのに何故かお客は多い。子供連れがさらに際立って多い。頭をひねっていると、祭日なのではないかと気付き、調べるとイースター祭の金曜日だったのである!なるほど、日本でいえばゴールデンウィークに来てしまったようなものだ。納得する。
 そういうわけではないが、ちょっといつもと料理の具材を変えてショーガとごま油を炊き込みご飯に加え、酒のつまみに人参を齧り、ワインを飲んだ。
 キャンプ場は全体的ににぎやかで、ニュージーランドにしては珍しく夜遅くまで起きている人達がいたが、僕は海辺の人気のないところに張っていたので問題なかった。
 一気にノースランドが近づいてきた。 

漕行距離:44km
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4月11日 Pataua → Otamure Bay

 7時に起きる。天気は曇りと冴えないが、夜露が付かなかっただけありがたい。
 心配していた便だが、まだ若干黒いものの下痢ではなくなった。
 朝食を食べ、カヤックを波打ち際においてパッキングをしていると海からサーフボードに乗った男二人組がパドリングで漕いで来た。挨拶をすると彼らは朝一で沖にある暗礁で波乗りをしてきたらしい。 
「カヤックで旅しているのかい?クールだな!」
 彼らはひとしきり僕のカヤックを眺めると、さわやかに白い歯を見せて笑い、キャンプ場に戻っていた。僕自身もロングボードでけっこうな距離を移動して波に乗りに行く彼らが何だかカッコ良く思えた。
 その後不思議な鳴き声のトゥイの出現でまたまた出発の時間が遅れてしまった。しかしまぁ、満潮が8時半で出発したのが9時半だったから、引き潮に乗って出れる分ちょうど良いっちゃ、ちょうど良かった。案の定、気持ちいいくらい下げ潮に乗って流されて沖に出て、そのまま北を目指す。
 ここから先は、海洋保護区でスキューバーを考えた海洋冒険家、ジャック=イヴ・クストーが「世界10大ダイビングポイント」に選んだというプアナイツアイランズ(Poor Knights Islands)に行く為の玄関口、Tutukakaがあり、そこからベイオブアイランズ(Bay of Islands)に行くまでに立ち塞がる難所、Cape BrettまでにはDOCのキャンプ場が等区間に3つある。
 ある事情があってベイオブアイランズには15日前後に着きたかったし、難所のCape Brettを越えてキャンプ場のあるUrupukapuka Islandに行くには岬の根元にあるWhangamumu Harbourから出発した方が効率が良かった。そう考えると泊まる場所が決まってくる。この日はTutukakaを越えて最初のキャンプ場、Otamure Bayを目標にし、午後は久しぶりに魚突きをすることにした。
 Tutukakaまではベタ凪ぎの海を淡々と漕いで行く。途中、久しぶりにカーワイのナブラなどに遭遇しながらとりとめもないことを考えつつ先を急ぐ。
 11時にはTutukakaの岩場にたどり着き、そこから岩と岩の間からのぞくTutukaka Harborを出入りする船舶に気をつけながら横断し、その後はロックガーデンの間をすり抜けるように漕ぎ抜けて遊びながらいく。
 このあたりで前方にポールを二本立てて逆三角形のセールを使ったセーリングカヤックを漕ぎ、トローリングまでしているおじさんパドラーを見かける。最初は自分以外のパドラーにちょっと嬉しかったが、トローリングをしているものだから後ろには回れず、かと言って抜こうとしてもセーリングをしているのでスピードが中途半端にある。ロックガーデンをショートカットして抜こうとするも、何故か合流点でバッタリと出会い先を越される…。しかも先を譲ってくれる気配もない。後半はかなりイライラしながらランデブーしていた。
 ロックガーデンが切れる頃、前を漕いでいるおっさんが挨拶してきた。何が釣れるかと聞いたらカーワイが何匹か釣れたと嬉しそうだ。おっさんは内海のWhale bayに向かい、僕はWananakiの方に漕いで行くので別れる。やれやれ、やっと自分のペースで漕げる…。
 13時、船上にて休憩。
 相変わらず水筒が購入できていないのでビールを飲んだ。ビールだけはやたらと持ってきたのだが、重いのでどちらかと言うと早く処分したかったのだ。飲んでいたら気持ちよくなってきたのか、馬鹿でかい声を出して何故か井上陽水を歌いまくり、気分転換。後半恥ずかしくなって先を急ぐことにした…。
 飲酒パドリングで目的地のOtamure bayに着いたのは15時ちょうどだった。
 砂浜から正面の芝生に上がり、砂利道を越えるとキャンプサイトがあった。DOCのキャンプ場にしてはかなり広いもので、車を入れるゲートと事務所が入口にあり、トイレやシャワーがいたる処に設置されていた。日本のキャンプ場に炊事場がなくなったような感じだ。イースター祭の影響でここもかなり混んでいる。できるだけ海に近い場所のキャンピングカーとの間にちょこっとテントを張らせてもらい、荷物を放り込むと再びカヤックのところに戻り、出漁の準備にかかる。
 キャンプ場のビーチのわきに浮かぶMotutohe Islandのビーチに向かい、ここからエントリーすることにした。隣の島が海鳥のサンクチュアリになっていたので、この島も上陸不可能なのかと傍にいたおっさんに聞いたら、大丈夫だという。
 上から見た感じ、かなりいい感じの地形だったが、魚がいない。水温はだいぶ北に来て上がるものだと思っていたがGBIにいた時よりもかなり低い気がした。日も陰っていたのでかなり寒い中、魚を探すが魚影も寒い…。かなり頑張って深場に潜って(それでも15mちょっとだけど)待っていると、一匹のPoraeがひらひらとやってきた。一人で食べるには手頃だろうと突く。これ以上ないというキルショットに満足。
 帰りがけ、ブルーマオマオの群れに遭遇する。大きなものは30㎝以上ありそうだ。一度食べてみたいと思っていたので狙いを定めて一匹突いてみる…が、あと一歩のところで逃げられる。二度目の発射は寸前のところで身をひるがえして避けてるではないか! 
「メバルか、お前は!」
 かなり目がいいようだ。3回目にしてやっと突くことができた。
 計一時間ほど潜ってカヤックを泊めてあるビーチに戻る。
 僕は突いた魚を30mラインの先にブイをつけてそこにぶら下げているのだが、ビーチに上陸してラインを手繰ろうとしたらおかしなことにブイが見当たらない。おかしいと思ってよ~く見ると、水面下に黄色いブイが沈んでいるではないか?引っ張ってみるととんでもなく重い。やや浮き上がったところを見てみると、なんと馬鹿デカイエイが獲物に喰らいついているじゃないか!
「ふっざけるな、オマエ!」
 思いっきりグイッと引っ張ると、歯がないせいかスポッと魚がエイの口の中から抜けて無事魚は回収できた。エイは海面をヒラヒラしばらく漂った後、海底に戻って行った。魚を見るとまったく傷はない。
 食べ物に困ったらエイを釣れば何とかなるな…ということがわかった。
 キャンプ場に戻りシャワーを浴び、魚を料理する。すでに辺りは暗くなり、ヘッドランプを頼りに魚をさばく。刺身と煮ツケ、その汁をかけたご飯。
 う、旨いッ!!
 何が美味いって、ブルーマオマオが美味い。
 刺身を切っている段階から包丁に脂がねっとりとくっつくし、煮ツケの汁には脂が浮いて美味そうではあったが、味も濃い!この魚は今後、見つけたら絶対採ろうと食べながら思った。
 あと、煮つけという料理にも日本料理の素晴らしさを味あわせてもらった。 
 相変わらず、イースター祭で騒がしい。キャンプ場の向かいにある特設ステージでバンド演奏が深夜まで行われ、周りもガヤガヤと騒がしい。
 僕はゴミ捨て場で拾ったナショナルジオグラフィックの雑誌を何冊か拝借し、キャンプ場の電灯の下で読み、ころ合いを見て航海日誌をハニーティー飲みながら書いて寝た。 
漕行距離:27km
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4月12日 Otamure Bay → Whangamumu  Harbour

 

 昨夜は夜中の2時から4時にかけて眠りが浅く、4時にのどが渇いてテントから出た。
 イースター祭は満月に合わせて行うようだが、この夜もみごとな満月の明かりで静かになったキャンプ場を青白い光が包み、まばらに星が瞬く空は何ともきれいだった。
 ビールを飲みながらしばし見とれるが、さすがに寒くなり温かい寝袋にくるまって再び寝た。
 起きたのは7時半だったが、テントから出る覚悟ができたのは8時をまわっていた。
 あれだけ騒いでいたのにも係わらず、皆さん撤収は早くてすでに多くのキャンピングカーがいなくなっていた。朝食を食べて荷物をまとめ、パッキングが終わったのはかなり遅くて9時半。ゆっくりと出発しても漕ぐ距離はたかが知れているし、満潮だったのでスムーズに出艇できた。
 この日も天気は良好。若干曇ってはいるが風も南東の風で問題がまったくない。
 海況がいいので殆ど島から島へ、半島の先端から先端へ…といった感じで距離を稼いでいく。
 Otamure Bayから直線でWideberth Islandまで行き、そこからRimariki Islandに向かう。このあたりは無数に乱立する岩礁によってロックガーデンパラダイスになっている。よく見ると知床で見た「カヤック爺さん」や「タコ岩」そっくりなものがあり、眼をこすった。
 うねりが入り、岩と岩の隙間を海水が抜ける時をねらってカヤックを滑り込ませる。単調なパドリングが続いていたのでこのような遊びは面白い。調子に乗って遊び過ぎてしまい、11時過ぎにこのあたりを抜けた。
 North Headというなかなかすごい名前の岬に一時間ちょっとでたどり着き、そこからBland Bayを横断してPink coveまで行く。この海岸線は絶壁が続いてなかなか迫力があって面白い。
 Pink coveを回り込んでリンゴ齧りながら休憩していると、沖から雑誌から飛び出して来たようなコテコテのカヤックフィッシャーマンがやってきた。黄色いコーカタットのドライスーツを着て頭にはハザードランプ付きのキャップをかぶり、乗っているシットオンカヤックには魚を入れるドライバッグと何本も突き出た釣りざおとロッドホルダー。そしてカヤッカーは顔に日焼止めを塗りたくって真っ白い顔をしている。 
「君も釣りかい?」
 釣りではなく、旅をしている。ジャストパドリングと言うと、ふーんと珍しそうに返事をされた。ニュージーランドでもシーカヤックの旅派は少数で、最近は釣り目的で行う人や、アドベンチャーレース用にサーフスキーを漕ぐ人が増えているというのは日本も同じだと思う。
 何が釣れたかと聞くと、彼は意気揚々と早口な英語で捲し立ててきた。正直何言ってんだかさっぱりだが、魚の群れを追いかけてかなり沖まで漕いで行ってしまい、今はその帰りでやっと岸近くまでこれたと笑顔を作った。で、魚はと言うとツナが5~6匹釣れたというので「まっさか~」っと、見せてもらうと30㎝位のカツオだった。ちょっと安心したものの、それでも魚の中で一番カツオが好きだと自負する僕には羨ましい。先週は同じここで15kgのイエローフィン(キハダ)を釣ったと自慢していた。本当だったらやるな、この兄ちゃん。
 しばらくして別れたが、あとになってあのコテコテな格好でカツオを持った写真を撮らせてもらえばよかったと後悔した。彼ならきっと満面の笑みで了解してくれただろうと思うと、ますます残念だ。
 ここに2時まで休憩し、ここから一気に今日の目的地、Whangamumu Harbourを目指す。1.5~2時間位を考えていたが、真後ろからのドンピシャ追い風が吹き、予想を上回って1時間で湾の入口まで来ることができた。
 湾の入口は絶壁の岬が突き出ており、ここがかなり魚の濃そうな場所だった。ボートがかなり泊まっていて、そのうちの一隻で釣りざおがイイ感じで曲がっている。しばらく見ていると、いいサイズのキングフィッシュ(ヒラマサ)を釣りあげた。さらに先に漕いで行くと、またまた竿が曲がっており、この人は50㎝くらいのスナッパー(マダイ)を釣っていた。んー、良い場所だ。
 この湾の中に入っていくと更に奥まったところに昔の捕鯨基地がある。そこはキャンプができないのだが、湾のどん詰まりにはDOCも黙認しているキャンプサイトがあるという情報を得ていた。まずはその捕鯨基地に行ってみる。
 4時前にOld Whaling Station(旧捕鯨基地)に到着する。当時の様子を写した写真と説明が石碑に書かれており、獲ったクジラの脂を貯蔵する油槽と脂をとる為のボイラーが今でも残っており、植物が覆い隠そうとしていた。期待していたクジラの骨はそれほど散乱しておらず、大きな骨が一本、流木のように草原の中に転がっているのを見ただけだった。
 ニュージーランドは今でこそ反捕鯨の代表的な国の一つではあるが、南氷洋でクジラ漁が盛んだった頃は、南極への足掛かりとしてたくさんの捕鯨船が補給を受けていたという。
 でもあくまで彼らにとっての捕鯨は脂をとる為の商業目的であって、食べる為の捕鯨ではない。だからクジラの脂が石油の登場と共に必要なくなった今では打って変ってクジラの保護に回れるのだろう。だから正直に昔の名残を恥ずかしげもなく残しているのだと思う。それが食べる為にクジラを獲る、食文化に関係ある我々の国とは違うのだ。
 クジラの話をしだすと長くなるが、思ったよりインパクトがなかったので早々にこの場所は後にしてテントサイトを探しに向かった。
 
 入江のどん詰まりはCape Brettのトランピングコースの入口になっており、ここで一泊してから出発する人もいるので特に整備はされていないがレンジャーも黙認している広場がある。ファイヤーサークルがあって焚火もできるようなのでここのテントを張り、荷物をぶち込んだ。
 潜りたいところだが、時間があまりないので釣りをすることに。
 餌は昨日作った魚のヅケを使うことに。ニンニク味で集魚効果もあるだろう。
 なるべく潮が流れていない風裏の場所を選んでドリフトで釣りをする。浅場の海藻がある場所から深場のゴロタに行きはじめる場所がポイントだと考えていたので、巻き糸の先に感じる海底の様子を感じながら手釣りをする。
 最初は浅すぎて海藻の中に餌が入ってしまい、釣れたのはマーブルフィッシュ。アイナメの様な魚だが不味いのでパス。さらに深場を攻めると砂利地になった。海底を小突いていると、思いっきりひったくられた!糸を引っ張るひきに強弱がある。「マダイの三段引き」と釣り師が言うそれだ。
 手繰り寄せると正解、スナッパーだった。しかしまだ小さい。リリースサイズなのでさらなるサイズアップを願う。
 その後、風に流されながら釣りをすると、一投、一発で釣れる!スナッパー入れ食いである。場所がいいのか、餌が良かったのか、それともこのサイズならニュージーランドはどこでも釣れるのか…?よくわからないが面白いので問題なし。規定サイズの27㎝以上のスナッパーを3枚スカリに通し、もう十分だとは思いつつも餌がつりばりに残っていたので続けていると、それまでとは違う引きがあった。あげてみると銀色の魚体が海中できらめいた。トレバリー(シマアジ)だ。これはちょっと嬉しかった。
 結局このトレバリーを含めた4枚を持ち帰り、今日の夕飯にすることにした。
 意気揚々とビーチに戻ると時刻はすでに6時になろうとしていたが、先ほどはいなかったキャンパーがテントを張っており、ファイヤーサークルに置いておいた流木を持っていかれて別の場所で盛大に焚火を行っていらっしゃる…。薪が少ないから困っていたのでこの行為には故意ではないにしろ腹が立った。
 暗くなった中、魚を調理し、薪を探す。まぁなんとか男一人が楽しめるくらいの薪は拾えたので助かった。焚火を起こし、米を炊く。
 今夜はトレバリーとスナッパーの刺身、鯛の塩焼き、昨日美味かったので再び煮ツケ、うしお汁、ご飯である。酒を飲むことも忘れて飯をがっついた。
 スナッパーももちろん鯛だけに美味いのだが、個人的にはトレバリーが美味い。無難に美味いのだ。なにせシマアジである。
 腹が満たされると満足し、満月の明かりと焚火の明かりに照らされた海を見つめ、まったりとした時間を過ごす。
 
 実は薪を探している時から、僕の周りには一匹のゲストがいた。子犬が一匹、僕の周りをウロチョロしていたのだ。首輪がないので野良犬だとは思うがそれほど体もヤツレテいないし、毛並みもまだいい。ダニなどの虫も付いていない。栗毛でやや長い毛並みの犬でシェパードと何かの雑種のようだ。言うならばまさに野田知佑さんが飼っていた「ガク」を思わせた。料理を作っていると鼻を近づけてくるのだが、かといって食べるかと思って餌をやると口にはしない。常に付きまとうのではなく、度々離れては遠くで海などを眺めている。おそらくしっかりとした躾を受けて育てられたのだが、何らかの理由で飼い主からはぐれてしまったのだろう。沖に浮いているヨットの犬なのかもしれない。
 彼女のその犬らしからぬ高貴な雰囲気、真摯な態度が非常に好感を持てた。 
 焚火の薪も尽きて熾きだけになった時、テントに戻ることにした。テントに入ると彼女が入口で僕を見つめ、クンクンと唸っている。普段、よその犬やましてや野良イヌなど、もっての外でテントなどに入れないのだが、この子なら一緒に寝ても構わないな…と思った。そこで中に誘うのだが、彼女は入らない。むしろ「あなたこそ、そこから出て一緒に遊ぼうよ」と、誘っているようだった。いや、それは無理だよ。彼女に寝るからと呟き、テントのジッパーを閉めるとヘッドランプで日記を書き始めた。
 テントの横に何かが入ってきた。フライとテントの間に彼女が潜りこんで来て、布一枚越しに僕の横にピタッとくっついた。
 それを理解した瞬間、ものすごくこいつが愛おしくなった。なんて奴だ。こんな行儀をわきまえたうえ、愛らしい犬は初めてだった。
 日記を書いていると、彼女の呼吸に合わせてテントが波打つ。それを感じつつ、ゆっくりランプを消して僕も寝入った。
 明日は今回の遠征の難所、Cape Brettが控えていたが天気もよさそうだし、何よりこの素晴らしい出逢いによって特別な不安を抱くこともなく明日に備えられそうだった。
 ポッサムが道化のように遠くで鳴いていた。
  漕行距離:33km
dsc_0113_r.jpg p4121346_r.jpg p4121347_r.jpg p4121355_r.jpg p4121360_r.jpg p4121385_r.jpg p4121363_r.jpg p4121404_r.jpg dsc_0129_r.jpg dsc_0171_r_20220109185919563.jpg dsc_0135_r.jpg dsc_0178.jpg p4121414_r.jpg dsc_0148_r_20220109185917835.jpg dsc_0163_r_20220109185918544.jpg dsc_0169_r.jpg