オークランド

 コロマンデル半島を漕ぎきり、グレートバリアアイランドに渡ることができれば、この旅の前半はほぼ終わったものだと思っていた。あとは内海のコロマンデル西岸を南下し、オークランド周辺の島々を横断してニュージーランド最大の都市オークランドでノースランドに行く前に態勢を立て直せればいいと考えていた。
 オークランドはどこに舟を泊めておくかを考えていた。当初はミッションベイ近くの港ででも置かせてもらえれば良いかなと軽く考えていたのだが、グレートバリアアイランドで出会ったジョンによって行程が大きく好転することになった。今回の旅において何人かの恩人ができたが、彼もその一人である。彼のおかげでオークランド滞在、もしくはニュージーランドに対する印象が大きく変わった。

3月31日 Port Jackson → Long beach

 
 とにかく時間を気にせず起きた。起きたい時に起きようと。でもそれほどの寝坊はなかった。いつもは夕飯に作った食事を朝食用に少し残しておくのだが、昨夜はパスタを全部食べてしまったので面倒だが新たに米を炊いた。
 風はほとんど止まっている。しかし空は曇り空。昨夜まで風があったために常に悩まされていた夜露はなかったのがありがたい。だいぶ食料が尽きてきたので米に醤油とマヨネーズ、それに味噌汁で朝食とする。
 これまでに溜まっていたラビッシュ(ゴミ)をレンジャーに処分してもらい、すこし雑談をするとパッキングに取り掛かり、ビーチを出発したのはちょうど10時だ。
 湾から出ても風はほとんどなかった。鉛のような色の空と海。パドルがその為か重く感じる。
 最初は景色も代わり映えがあり、野生化したのか放牧なのかわからないがヤギがたくさん、海岸まで出てきていてこっちを見ていたりして面白かったが、2時間ほど漕ぐとあたりの景色がほとんど変わらなくなってきた。Fantail Bayという鳥が多いのか扇形の湾なのか知らないが印象深い湾近くになると潮が沿岸を流れているのか、妙なパドリングの気だるさを感じるようにもなってきた。
 だだっ広い牧草地を兼ねた草原が広がり、ゴロタの海岸にはポフトゥカワが海岸ギリギリまで生えており、奥にはマヌカが生えた山があるという、お決まりの景色が延々と連なりだらだらとしているのだ。当初は沿岸域をタラタラとゆっくり漕いで行こうと思っていたが、あまりにもつまらなく、それでいてパドリングにメリハリが無いので岬に出ると岬から岬へとショートカットで沖合を漕いで行くことにした。
 何が原因なのかはよく分からないが、この時の僕は妙に気だるかった。相変わらず海では大量のミズナギドリが群れており、アジサシなどが海中に突っ込んで海面からはカウワイがボイルしているような場所に出くわすのだが、どうもトキメかない。疲れもあるし、潮の影響も否めないが、どうもこの曇り空と鉛色のにごった海が原因にも思えた。グレートバリアアイランドの澄み切った蒼い海を漕いだ後だとこの海はあまりにも退屈だ。精神的にもテンションがあげにくい。こんな場所もあるさと、黙々と漕ぐしかなかった。
 15時頃、とある海岸に上陸した。それまで退屈なパドリングが続いていたがここにきてワンダイブしようと思い立っていたのだ。
 実はポートジャクソンを散歩している際、どこの海岸にも刺さっている日本の水産庁みたいな組織が立てている漁獲規定の看板を見ていたら、あることを発見してしまったからだ。
「スカロプス、明日までかよッ!!」
 スカロプス(scallops)、つまりホタテガイだ。北半球のホタテとはちょっと違って少しヒオウギガイにも似ているのだが、ニュージーランドにもホタテがある。これの漁業期が今日まで、3月31日であることを昨日知った僕は以前コロマンデルに来た時に魚突きを目的に潜ったのに沖が砂地でまったく魚が突けなかった場所を知っていた。その時偶然、そこがホタテの好漁場だったことを知り、スカリがなかったので持てるだけのホタテを採って揚がったことがあるのだった。そこで今回はしっかりスカリも持って、ガッツリホタテを採ってしまおうと考えたのである。
 ちょうど干潮に近づいており潮が引いてしまうとエントリーが厄介なのでパパッと着替えてサクサクっと潜ることに。
 魚突き師の性分で一応武器も持ち、透明度3mくらいの海に潜る。正直何も見えないが沖に向かって泳いでいくと潮が流れだした。そのあたりで潜り水深5mくらいの砂地を舐めるように見て回ると…。
 ぐふふ。いるいる、ホタテがいる…!
 オレンジ色の殻がパカッと開き、中から触手を無数に伸ばした外套膜が見える。半分砂に埋まり殻にミルなどの海藻が付着していて傍目にはわかりづらいが、そういうのを探す眼には自信があるのだ…!アホみたいに固まっている訳ではないが、ジャックナイフして潜水すると一個は必ず見つけられるペースだ。その中から大きいものだけを選んでスカリに入れていくと、20分ほどでかなりの量が採れた。
 30分くらいで揚がろうと考えていたので浜に戻ると、スカリの中には30個ほどのホタテが入っていた。全部持って帰っても良かったが、漁獲規定で一回に採っていい数が決まっており、うろ覚えだったために12個ほどキープして、あとは海に返した。後で調べたら20個まで大丈夫だったようだ。これは後でかな~り後悔する…。
 一仕事終わり、今日のメインイベントは終わりだ。着替えて2時間ほど漕いで今日の目的地、long beachのホリデーパークに着いたのは17時30分ほどだった。
 ところがここが見事に干上がっており、一旦荷物を浜まで何回かにわけて運び、最後にカヤックを運んでいつもの干潟運送法でウンザリしつつ、オフィスに向かう。
 ここはコロマンデルタウンに近く、宿泊者数も多かった。ほとんどが釣り目的で来た家族で魚を解体する場所にはたくさんのカモメがカラスのように待機している。オフィスに行ってノンパワーサイトの登録をするが、デブでブスなお姉さんが非常に無愛想で感じが悪い…。
 テント立ててシャワーを浴びる。久しぶりに文明の街に浸りたくコロマンデルタウンのパブにでも行ってビールの一杯でも飲むかと歩いて行くと、けっこうな距離があって日が暮れ、焦る…。それでも30分歩くと街について辺りを探索するが、スーパーが19時に閉まっており、あまりの早さにビビる。早すぎだろっ!!と、店の前で罵り、バーを探すがイマイチな場所ばかりで気分も冷め、仕方ないのでコンビニで高いライオンレッド(ビールの銘柄)×2と軽い食べ物を買って、それを食べながら帰る。
 とにかくビールを我慢してきたので、これはたまらんと一本開けたのだが… 
「ビール、うまぁ…!!!」
 あっという間に一本飲んじゃう。もう一本にも手が伸びたが、今日は美味いホタテがあるのだ。その時の為に取っておこうと生唾を飲みながら我慢した。 
 ホリデーパークに戻ると海岸でホタテの殻をむき、海水でよく砂をお洗い落す。そいつをさっそく3つほどレモンでいただく。 
「う、ウマァーッ!!」
 チュルンと口の中に入る生のホタテ。貝柱の甘みとヒモの部分のコリコリさ。まったく口に残らない柔らかさ…。潮の香りだけが残り、磯臭さはまったくなし。あまりの美味さに全部をそのまま食べたい気持ちを抑えつつ、3個を今度はソテーしてみる。 
「これまた、ウマァーッ!!!」
 たまらずビールを開けちゃう。 
「さすがに、ウマァーッ!!」
 大満足だが、こんなに美味いならもっと持ってくるべきだったと、そればかりが悔やまれ、しっかりと漁獲規定を読んでおけばよかったと後悔後に立たずであった…。
 ニュージーランドで美味かったもの。このホタテは最高でした!
 残りのホタテは炊き込みご飯にして夕飯とする。やはりご飯は食べておかないと明日のスタミナに係わるので酔った勢いで食べるのを忘れると命取りになる。炊き込むとあまり出汁は期待よりでなくて残念だった。
 グレートバリアで電気が充電できなかったのでここぞとばかりにここで一眼レフ、防水カメラ、スペアバッテリー、携帯電話の充電をする。定期的に街やホリデーパークの様な電気が採れるキャンプ地があるのがニュージーランドのいいところだ。これが本格的な無人地帯だとカメラのバッテリー充電のために多量の電池かソーラーパネルが必要になってくる。カメラがフィルムからデジカメになって何枚も気にせず撮れるようになったのは良いけど、電気が必要になったことは面倒くさい問題だ。
 敷地が広くて人もたくさん宿泊しているにもかかわらず、共同スペースが非常に狭く、どうも居心地が悪くて疲れていたこともあり、ログもつけずに寝てしまった。天気はもつだろうか?という一抹の不安だけが残っていた。

漕行距離:38km
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4月1日 Long beach → Home bay(Mototapu Island)

 
 夜の2時頃、けっこうな勢いの雨が降った。久しぶりの雨だ。
 不安な気持ちにはなったものの、起きると朝は曇り。天気はもちそうだったが、風は強そうでオフショアなのか湾内の静かな水面に風紋がところどころにできている。吹き下ろしが背後から吹いている証拠だ。6時に起きる予定だったが起きられず、二度寝をした際にカメラを海に落とす夢で起きる。なんか…不吉だ。
 朝食に昨日のホタテご飯とみそ汁、コーヒーを飲み夜露が無いのでそそくさとパッキングしてカヤックに詰めていく。干潟は来た時と同じく引いていたので難儀した。
 8時45分出発。今日はコロマンデル半島を離れ、ハウラキガルフを島々を転々としつつ横断する予定だ。途中、15kmほどの海峡横断もある。
 出だしは風が弱かったが、沖に出ると強くなり今日の風向きが南東風であることがわかってきた。8m/sはありそうだったので沖の島にある風裏で休憩し、そこからさらに漕いでコロマンデル半島の西の端、West Islandに取りついたのが10時過ぎだった。
 ここまで来るとさすがに海はうねり、風も10~12m/sは吹いている状態だった。普通ならカヤックを漕ぎたくない海況ではあったが、追い風だしオフショアなので波がこれ以上大きくなることはないだろうと踏み、前進することに。 
 まずは海峡横断、前方に見えるWaiheke Islandを目指す。海図を見るとそこにあるかけあがりや根がある場所でわかりやすいまでに波が高くなり、現在地を確認するには便利だった。うねりと風を利用してサーフィンしながら一気に漕いでいく。
 たまにブルーペンギンが現れたかと思うと、自分に驚いてすぐに潜行して行く。波に乗ったカヤックにぶつかりそうになる奴までいた。意外にこの湾にはブルーペンギンが多いようだ。
 漕いでいて島から離れるほどに風は弱くなるのだが、また島に近づいていくと再び風が強くなる気がした。島の周りの方が、風が集まるので強く吹いているのだろう。体験的にそういうことを知れるのがカヤック旅の良いところでもある。そしてその知識はこれからの旅に十分役に立つものだ。そういうことを学ぶことが一つ一つ楽しい。
 13時過ぎにWaiheke Islandに到着した。風裏の入江に逃げ込んで休憩するが、不完全なシェルターで風が回り込んでくる。波も入って来てカヤックが波打ち際で踊るので落ち着かず、トイレだけ済まして早々に出発することに。
 この島はオークランドのすぐ近くにあり、オークランド在住の人達の別荘地だったり、リゾート地として有名で特にこの島はワイナリーで有名だ。上質の高級赤ワイン、カヴェルネ・ソーヴィニヨンやメルローの産地として注目されており、僕がオークランドで働いている時もよく友人たちは日帰り旅行でワイナリー巡りをし、上機嫌で帰って来ていた。
 しかしそんなイメージとは裏腹に、島の北東部は荒々しい岩礁帯になっていて、ロックガーデンやトンネルアーチの海岸が続き、シーカヤッカーも十分満足させる野性味ある島でもある。北沿岸を西に進んでいた僕は最初は岩礁帯に入って遊びながら漕いでいたが、後半は岬から岬へとひたすら漕いで距離を稼ぐことになった。風に押されながら時間と距離を海図で見ながら、ペースを確認しつつ黙々と漕ぐ。
 波がそれほどない追い風の中で漕ぐときはある程度カヤックが押されるのでパドリングのペースを速くしないと空回りしてしまう。パドルを立ててスピード重視でひたすら漕いだ。
 16時、島の西の端にある小さいが深い入江に入り、そこの小さな砂浜でやっと落ち着いて上陸、休憩する。背中や膝を伸ばし、ストレッチをしながら行動食を食べまくる。どういう訳かここまで来ると天気も回復傾向にあり、気付いたら青空が広がっていた。浜にはたくさんのブルーペンギンの死骸が打ちあがっていた。漕いでいる時にも思ったがやはりこのあたりの海域はブルーペンギンが多いようだ。内海の方がこの小型の飛べない海鳥には良いのだろう。そういえば漕いでいる時に奴らが鳴く声も聞いた。まるでカラスみたいだった。
 15分ほど休み、ラストスパート。Waiheke Islandを離れ、正面に見えるMototapu Islandを目指す…が、西日の逆光が眩しすぎる。天気が良くなったのはいいことだが、カヤックを漕いでいる時の逆光は照り返しもあって本当に何も見えなくなるので困る。
 17時15分、DOCのキャンプサイトがあるHome bayに到着した。広い芝生の広場があり、何とも開放的な場所だ。ほぼ丸一日漕いでいた感じなので、充実感がたまらない。
「着いた~…!」と、叫びながら浜の上に大の字になった。気持ちいい~。
 羊が放牧されているせいか、キャンプ場のトイレ周りだけ柵がしてあり、その中だけ木が植えられている。誰もいないのでその中にテントを張ってしまい、柵はもちろん物干し台になってもらう。着替えると海図などを芝の上に広げ、まったりと眺める。
 いや~、いい時間だ。
 のほほんとしているとDOCのレンジャーらしき人達が集まって来て目の前の広場でサッカーをやり始めた。こちらにはあまり気をとめていない。彼らの模様を見ているのもよかったが、カメラを持って島の頂上部分まで歩いて行くことにする。
 Mototapu Islandは隣のRangitoto Islandと少しだけし陸続きになった島で、周りはほとんど断崖絶壁、島のほとんどは牧草地という、いわゆる禿山である。しかし夕焼けで赤く染まる島はなかなか絵になるものだった。何枚か写真を撮るとテントサイトに戻り夕飯を作った。コロマンデルタウンで買った$3.5のスプライトが美味い(通常は$1しない…)。
 20時半にテントの中に入り、溜まったログを書いて眠った。派手さはないが、なかなか達成感のある良いパドリング日だった。

漕行距離:51.5km
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4月2日Home bay → Devon port(Auckland)

 
 あまり寝起きは良くなく、うつらうつらと8時に起きる。左肩が妙に痛くて肌寒い。コロマンデルに移った時から風向きが変わり気圧配置が変わって寒気が入ってきたのだろうか、妙に寒い。
 風も昨日とうって変わって弱くなったが、風向き自体が変わった可能性も否めず、沖に出てみないと確かなことは確信できない。
 朝食は昨日のご飯にラーメンを入れてラーメン雑炊にしたのだが、ここで事件が起きた。
 熱いのでコッヘルの蓋にラーメンを移して食べようとしたら、持ち上げた瞬間、ハンドルが外れて見事にひっくり返した。 
「・・・・おっふ…」
 orz…じゃないが、ヘナヘナと膝から崩れ落ちた。朝からやってくれるぜ。しかしひっくり返ったラーメンを見ていたら「いや、まだ食えるだろ?」と、思ってしまい、きれいに上の部分だけをすくって食べることに。鳥の糞が多いところで寄生虫が気になったが、人間そんなにデリケートではない。大丈夫だ。…と、言い聞かせて多少の侘しさも感じつつ朝食をとった。
 うんこして、テントかたして、パッキングをしたら10時になってしまった。
 今日はさすがに出発一人だろうと考えていたのだが、裏で工事をしていたツナギのおっちゃんがやって来て、やはり少し雑談してからの出発となった。
 今日はそれほど漕がず、Mototapu Isから隣のRangitoto Isに行き、そこの頂上に登ってから対岸のDevonportに向かう予定だ。グレートバリアアイランドで会ったジョンに携帯から連絡を以前から取っており、今日の夕方には着くと言っておいたのだ。DevonportならAuckland cityに入ることなく上陸でき、次のノースランドにもアクセスしやすいうえにフェリーでcityにも行けるので非常に利便がいいのだ。正直、彼との出会いは好都合だったがそれとは関係なく、ジョンという人間に出会えたのは幸運だったと、後に思う。
 Mototapu周辺は潮が流れているのか、Taputapu Isの方が名前が合っているんじゃないかと思えるくらい、三角波がたって漕ぎずらい。島の周りは活断層で絶壁のシマシマ模様がきれいな崖が続いている。左手にはオークランドの街が見えた。南の岬を越えるとRangitoto Isが見えた。
 RangitotoとMototapuはスーパーマリオで言うと前者がマリオ、後者がルイージといったイメージだ。まんまるで青樹ヶ原のように溶岩帯に覆われ、特定の種の木々と地衣類、コケなどに覆われたRangitoto。真中に火山がありそれ以外何もない。本当に。それに対してMototapuは周りが崖に囲まれて溶岩帯はなく土があり、草原に覆われているが森がほとんどない…といった対極的な島だ。もともとは干潮の時だけ繋がる離れ島だったようだが、第二次世界大戦の時に軍によって橋がかけられて繋がったようだ。
 このジョイントの部分がなんとなく見てみたくなり、当初は島渡りが早くできるフェリーが来る桟橋の隣の浜に上陸する予定だったがこのつなぎ目のあたりから上陸してRangitotoの頂上を目指すことにした。実際に行ってみると、さほど大した場所でもなかった…。
 干潟にカヤックを揚げてマングローブにもやい、特に荷物も持つことなく頂上を目指した。
 マングローブと言って驚いた方もいるかもしれない。実は北島沿岸にはマングローブが多く、オークランド周辺の内海、干潟がある場所にはほとんどマングローブが生えている。とはいっても灌木程度の低いもので、北に行くと立派な木になっている場所もある。一種類しかないようで、少しマニアックかつ西表島のガイドっぽく話をすれば日本で言うヒルギダマシと似た種だと思う。筍根を形成し、黄色い花、丸い実を付けるところなどそっくりだ。Rangitoto沿岸にもたくさんのマングローブがあり、ニュージーランドに来たばかりの頃、知り合った友人達と来た時に僕は魚突きをしたのだがマングローブ林ばかりでポイントが絞りずらく、えらく苦労した経験があり、そしてこの大都市のそばにこれだけ立派なマングローブ林があることに驚いた。
 島の中は溶岩がゴロゴロしていて、地衣類、コケが岩を覆い、岩の間を縫うように根を張り木々が生きている。オークランドから船で30分ほどの島でこれほどワイルドな場所があるというのがすごい。しかし何度も言うように、それ以外には何もなく溶岩帯をブルドーザーで均しただけといった感じの道があり、それらのトラックを歩いて自然観察する…というのがこの島の唯一?の楽しみだ。
 円錐型の見事な火山島なので頂上にはクレーターがあり、三角点がある。展望台に上がるとAuckland cityが見渡せ、なかなか爽快だ。友人と来た時はこられなかったのでちょっと満足した。
 12時15分に到着し、しばらく風にあたる。
 カヤックから頂上までの道のりではほとんど人に合わなかったのだが、ここまで来ると一般の観光客なども多く、日本人や韓国人などの東洋人も多くみられた。ただ、辺りの観光客はきれいな格好をしているのに対し、僕はボサボサヘアーを帽子に押し込んで色黒なひげ面、海パンに合羽を着て、靴は便所サンダルである。はたして何国人に思われたのかは疑問だ…。
 13時40分くらいにカヤックの泊めてある場所まで戻り、行動食を食べてから14時ちょうどに漕ぎだす。ジョンにメールし、到着予定時刻を報告し、Rangitotoの南岸を舐めるように漕ぎながら先を急ぐ。途中、たくさんのアジサシが停まっていたので漕ぐのをやめて観察する。全然逃げないのが不思議だ。アジサシ好きの僕としては写真が撮れて好都合だ。
 島の南西端まで行くとそこから海峡横断して対岸のDevonportを目指す。
 RangitotoからDevonportまではオークランドに入る船舶の航路になる為にかなり横断を緊張したが、それほど大型の船舶が来る前に航路を横断することができた。だがこのあたりはマリンスポーツを遊ぶ人達も多く、ジェットスキーやヨットの方がむしろ注意するべき相手だった。それに海鳥の多さ。カモメなどはもちろん、ミズナギドリの類やアジサシ、ブルーペンギンなどが多く出没し、これほど大きな都市が近いのにこんなにも鳥が多いことに驚いた。陸上からだと気がつかなかったが、カヤックに乗って海からの視線だとオークランドも違って見える。
 航路を横断しきり、あとはジョンの家があるだろうビーチを目指して漕いでいると、ビーチのある場所で誰かが手を振っているように見えた。さらに漕いで近づくとやはり手を振っている人がいて、足元には黒い犬が座っている。間違いない、ジョンだ!この出迎えにはちょっと嬉しくなり、一気に漕いで彼らの前に上陸した。 
「ようこそ、我が家へ!」
 ジョンは挨拶もそこそこに僕の舟をバウからスターンまで撫でまわす様にみると、バウを掴んで一緒にやってきたちょび髭のおじさんとカヤックを持ち上げて運んでくれた。いやいや、カヤックを運んでもらうのはこの旅で初めてだ。しかも荷物満載なのに…。しかしさすがに重かったらしく潮上帯まで来ると一休みし、僕を見るなり握手を求めてきた。上半身裸で白いハーフパンツに裸足でデッキシューズ。ヨットマンセレブだ…。
 一緒にいたちょび髭のおじさんはビルと言い、ジョンは友人と紹介してくれたが実際はジョンの家の庭師のようだ。ちょうど手入れをしている時に僕が来たので運ぶのを手伝ってくれたのだろう。
 ジョンの家は本当にビーチの目の前で、裏口から入ると玄関までの通りにカヤックを置かせてもらうことに。海からすぐに家に入れるよう、裏口にはシャワーが設置してありそこで足の砂が洗い落とせるようになっていた。とにかく豪邸だ…。予想していた通りのお住まいで、あまりの自分の小汚さに入るのを躊躇うほどだ…。しかしジョンはお構いなしに「ここがシャワー。ここに洗濯物は放り込んどけ。トイレはここだ。あ、そうだお前の部屋だけどな…おい、何してる、こっちに来い!」と続ける。オドオドしつつも彼の犬ザックに勧められるようにして中に入ってみる。
 広いリビングに海に面したオールガラス張りのドアから光がものすごい勢いで入って来ている。すごいところに来てしまった…。正直、そう思った。
 とにかくシャワーを浴びて体を綺麗にし、洗濯物をすればいいというので言われるとおりに。ジョンはまた仕事の打ち合わせがあるので外出するから好きにやってろと言われる。
 熱くて水量のあるシャワーを時間を気にすることなく浴び、さっぱりすると考えられる限り一番きれいな格好になり、ビーチに出てからDevonportの街を探索することにした。
 いったん街に出て、cityに出る桟橋からジョンの家までの地図と買い出しをするスーパーの位置を頭に入れる。あまりにも腹が減ったので夕食まではもちそうもなく、サブウェイに入ってサンドウィッチを食べた。ナ、生野菜が美味いっ!!野菜のパリパリがあんなに美味く感じるとは思わなかった…。
 帰りにDevonportの中心にあるNorth Headという休火山の丘に登ってみる。
 夕日がかった光が差し込み、小さい子供を連れた家族づれや仕事が終わったのかマラソンをする人達、恋人と芝生の上で横になっている人達、とてもゆっくりした空気が流れている。南には電灯を灯し始めたAuckland cityが見え、東にはみごとな円錐形をしたRangitoto Isが見える。 
「なんでここ、知らなかったんだろう?」
 ニュージーランドに到着したばかりの頃、2か月ほどオークランドに住んでいたにもかかわらずこの場所は知らなかった。確かにDevonportは車などで来るには遠い場所だが、これほどまでにきれいで落ち着く場所、街の人の生活が見える場所があることに驚いた。日が陰り、さらにその景色はよくなっていく。
 寒くなってジョンの家に戻ろうとすると、電話が鳴った。出るとジョンの奥さんだった。 
「ヨシ!何処にいるの!?夕飯食べるから帰ってらっしゃい!!」
 いやはや、まだ会ったこともないのに。この電話には参った。
 急いでジョンの家に戻ると彼の奥さん、ステファニーが待っていた。洗濯物を乾燥機に入れさえてもらい、二人でワインを飲みつつ、夕飯の手伝いをしながら話をした。と、言っても野菜スティックやクラッカーにディップを付けて軽食を食べながらほとんど飲み。電子辞典とワインを片手に会話をする。地味にこの時のワインの美味さに驚いた。値段は知らんが、とにかく美味い白ワインで、今でもあの味は忘れられない。
 ジョンが帰ってくると3人で話をしながら夕食を作る。ステファニーは僕が来ることは知っていたが、今日とは先ほど知ったらしく、日本人の僕だから…とは関係なくマグロを買ってきていて、「刺身は最高ね~」と言いながら刺身を切った。あまりにも切り方が酷いので代わって切って見せると、さすが日本人だなと感心された。そりゃそうだ。一応、その道で働いていましたから…。
 ニュージーランドの南島西海岸は世界的にも有名なミナミマグロの好漁場だ。日本にも多くのマグロが輸出されているが、国内でもかなり消費されているようだ。今は世界中、どこに行ってもマグロの需要は高い。
 ディナーはサーモンのソテーとニンジン、ズッキーニ、ポテトの付け合わせ。デザートにパッションフルーツソースがかかったバナナケーキとアイスクリーム…。
 いや~タマランかった!炊き込みご飯とインスタントみそ汁ばかり食べていた僕には刺激が強すぎた。美味すぎる。若い人がガツガツ飯を食うのを年配の方が喜ぶのは世界共通らしく、ここでも食べろ食べろと色々差し出される。
 食後はジョンの家に今居候しているというフランス人の映像作家の作品を見ることに。彼はこの時は友人達と食事に行って不在だったが、深夜には帰ってくるだろうとのことだった。
 エンペラーペンギンのドキュメンタリーで、彼らの子育てを綴ったストーリーだ。ステファニーは寝てしまったのでジョンと二人で見る。日本でもこのDVDは借りられるが、生態映像と言うよりは人間的な感情を取り入れたみごとな作品に仕上がっていた。
 見終わると、しばらくジョンと話をする。だが、疲労と睡魔でこの時は何を話したのか忘れてしまった。とにかく色々と刺激的な夜だった。
 部屋に通され、日記を書いてから久しぶりのベッドに潜りこんだ。

漕行距離:18km
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4月3日 Auckland city

 
 ジョンに通された部屋は彼らの息子の部屋だったらしく、図鑑や絵本、標本箱などがある子供部屋を絵にかいたような部屋だった。久しぶりのベッドになかなか寝付けず、ぐっすり眠るどころか逆に睡眠不足ぎみで8時過ぎに起きた。
 リビングに降りるとジョン、ステファニーが朝食の準備をしていた。眩しいほどの日が部屋に差し込み、正面にRangitoto Isが見える。たいした家である。ザックが近寄ってきて愛想のいい顔で「遊んで、遊んで!」という表情でじゃれついてくるが、ジョンに促されて礼儀正しくお座りをした。ジョンは彼を猟犬に仕立てているので非常に躾が厳しい。それでも性格なのか、隙を見ては誰かと遊ぼうと人懐っこい、憎めない犬だ。
 朝食は昨夜見たDVDの映像作家、ミッシェルと4人で食べる。かわぐちかいじの漫画に出てきそうな丸メガネで禿げあがったフランス人で、フランス訛の英語でよくしゃべる人だ。
 挨拶をするとミッシェルが「私の一番尊敬する映像作家は日本人だ。ケンゾー・ミゾグチを知っているか?」と言われたが、申し訳ないがその人物を知らなかった。あとでググってみたが、明らかに僕らの世代ではない。昭和の初めの日本人は世界に影響を与えている人が多い。それは日本人として誇れることだが、当の日本人が知らないのは恥ずかしい限りである…。
 シリアルにベリーとヨーグルトをかけて、トーストと食べる。トーストにはオセアニアの名物、ベジマイトをつけて食べてみた。ちなみに類似品にマーマイトがありこれはイギリス製だ。思っていたより臭くなく、八丁味噌の様な印象を受けた。悪くはないが買って食べたくはない…。
 それにしてもトーストのパンがやたら美味い。それまで1斤2ドル以下の食パンばかり食べていた僕にはここに来て初めてニュージーのパンの実力を知った感じだ。何もつけなくても穀物の味が噛みしめる度に口に広がり非常に美味い。ちょっと良い奴を買うとこっちの食材は本当に美味い。切にそう思った。
 朝食後はジョンとミッシェルにカヤックの説明をしたり雑談を交わして過ごし、彼らが仕事や用事でいなくなると洗濯物をかたし、昨日できなかったカヤックの塩抜きなどをやって荷物をまとめてシティーに行く準備をした。
 ちなみにジョンはサーフスキーを所有しており、時折漕いでいるようだ。パドルはバリバリのカーボン製スプーンパドルだった。ニュージーランドのパドラーはスプーンパドル所有者が多い。シーカヤックももっぱらスプーンパドルで行う人が多い傾向にあるようだ。
 14時15分のフェリーに乗ってデボンポートからオークランドシティに向かい、まずはオークランド滞在中に泊まっていたバックパッカーにチェックインする。ニュージーランド到着をしたばかりの頃、僕はこのバックパッカーに泊まりながら語学学校に通っていた。
 ベッドに自分がここを使っている…という程度の荷物を置いてまずは近所の銀行の地下にあるマップショップで海図を買い足す。こちらのマップショップの良いところは、日本の国土地理院のような地形図とともに、海図も購入することができることである。日本の場合、水路協会、海上保安庁関係の場所でしか購入できないのだが、こういう一般的な地図屋や釣り具屋などでも購入できるのがありがたい。さすがアメリカズカップの国である。
 その後はネットカフェで日本やその他もろもろの場所にメールを送ったり、写真をコンパクトHDに入れたりする。ちなみにオークランドのネットカフェもkiwi以外に多くの人種(中東系、インド、中国、韓国、日本など)の人達が経営しているが、やはり日本人経営の場所が一番安心で早く、サービスがしっかりしている。他の場所は安いが日本語を登録しないと使えない、もしくは最初から東アジア言語が入っていない、起動が遅い、カードリーダーなどのレンタルがないなどの場合が多く、入ってからガッカリすることが多いので要注意だ。
 閉店時間になるとビルを出てチャイニーズマーケットに行って買い出し。日本人が好きな調味料、食べ物はたいていここに行けばあるし、野菜も大型チェーン店に比べてずば抜けて安い(ただし古いものも一緒くたに置いてあるので目利きが重要)。足りない分は大型チェーン店のfood townに行って買い足し、バックパッカー近くのリカーショップで激安ビールを2カートン買ってバックパッカーに戻った。
 食堂に行くと懐かしい顔。以前泊まっていた時に知り合った友人がおり、新しい人も加わってこれまでのいきさつをユンタクする。夕食は自炊で手羽先と空真菜のラーメンを作って食べ、ロビーのソファーに座って本を読んだ。宿泊客が置いていく本がずらりと並んでおり、旅ものから漫画、小説など色々ある。韓国語版の島耕作などもあり読めないけど面白い。日本語では司馬遼太郎の本があり、それが面白いのでもらっていくことにする。
 日付が変わる頃、受付の仕事をしていたshokoちゃんが僕のところにやってきた。彼女はカヤックの旅が始まる前、北島から南島まで車で旅する際に一緒に旅をした仲間である。しばらく南島にいたが、彼女もオークランドに戻ってきており、オークランド北部のブラウンベイ近くの語学学校で勉強をし直しながらここでエクスチェンジしていた。
 積もる話もほどほどに、お互い疲れていたので一時間ほどで別れ、僕は僕でシャワーを浴び、2時頃汗臭いベッドに入りこんで寝た。
 街の写真を撮ろうとカメラをぶら下げていたのだが、あまりにも物新しいものがなく、撮る気にもなれずにいた。正直、面白みに欠ける街では…ある。
 


 

4月4日 Devonport

 朝、うるさいイタリア男の電話の声で起きる。彼の声もさることながら、その声に怒り狂った日本人が「ウルセ~」と何回も唸る方が耳障りだった。だったら、英語で直接言えばいいじゃねえか。
 あまり良い寝起きではなかったが、8時半頃起きて顔を洗うと近くのマクドナルドまで行って朝マックを食べる。キャンプしているとジャンクフードが恋しくなるのだ。
 世界中、どこに行っても存在するマクドナルドは偉い。英語がしゃべれない奴でも、とりあえずここにさえ行けば飢え死にはしない。味も変わらないからホッとしたい時、僕のような世代だとマック(マクド?) の存在はありがたいものだ。
 バックパッカーをチェックアウトし、荷物だけ置かせてもらって街に出る。
 アウトドアショップで防水バックとホワイトガソリンを2リットル買う。その後、行きつけのスピアフィッシング専門店「Ocean Hunter」に行って店主のMikeと話をする。コロマンデルでのキングフィッシュの話やグレートバリアアイランドの話などをして色々とポイントを教えてもらった。日本の釣具屋の感覚で魚突きの話ができるので、なんとも素晴らしい。フロートがほしかったので相談すると、何を勘違いしたのか隣の釣り具屋を紹介された。
 なんでやネンッ!!
 何で魚突きの話をしているのに、釣りの浮が必要なんだよ!!ブイと言った方がよかったのかもしれない。目当てのものはなかったので彼の手作りのチキンフロートをくれた。ありがたいが、嵩張るから空気注入型のものがほしかったのに、これではあまり意味がない…。しかしありがたく頂いた。
 潮見表をなくしてしまったので新しく買いたかったのだが、Ocean Hunterにも隣のマリンショップにも置いていなく、「コーストガードに行けばタダでもらえるぞ」と言われてもオークランドのコーストガードオフィスは意外に遠く、行く気にもなれなかったので本屋でベイトタイム表を買う。しかしこれが使いずらく、後に潮の満ちかけは感覚的に時間は覚え、大潮か小潮かは月で判断できたので必要なかった。
 これで必要最小限のものは購入できたのでデボンポートに戻ることに。
 デボンポートに戻ると荷物をいったんジョンの家に持ち帰り、そこからスーパーに行って食料を買い足し、ヒィヒィ言いながら荷物を持って家に戻った。途中、アイスクリームを買って食べる。日本でならアイスなんてまったく食べないのだが、ニュージーだから美味いのか、キャンプ生活で甘くて冷たいものに飢えているのかはよく分からない。とにかく、常に飢餓状態で食べだすとあるだけ食べてしまう…といった状態だった。
 ところがジョン宅に戻るとカギは開いているものの、誰もいない。キッチンに続くドアは閉められており、外出しているようだ。すぐに帰ってくると思ってシャワーを浴びて待っていたが、一向に帰ってこない。たまりかねてメールすると、今日は遅く帰るから冷蔵庫の中のものを勝手に食べていてくれという。その冷蔵庫まで行けないんだよーっ!
 ちゃんと今日の夜に帰ってくると言ったつもりだったんだけどな…。とにかくひもじいので今日買った食料からパンを取り出してジャムを塗って食べ、ビール飲んで寝た。


 

4月5日 Devonport

 
 朝、ジョンに起こされた。仕事に行くからゆっくりしていけと言われ、別れのあいさつをする。起きようと思ったが「まぁ、まだ寝ていても大丈夫だ」と念を押されて布団をかけられる。しかし僕はトイレに行きたかったのだ…。
 荷物をまとめているとステファニーが起き、ミッシェルも姿を現した。
 朝食をこれでもかとごちそうになる。昨日、彼ら3人はレストランに食事に行っていたらしく、僕はオークランドの友人宅に泊まっているものだと思っていたようだ。
 今日は潮の関係で昼過ぎに出発しようと思っていたのだが、10時頃、ステファニーとミッシェルが外出して別れてからコーヒー飲みながら中庭でバックパッカーからかっぱらってきた司馬遼太郎の本(韃靼疾風録 上巻)を読んでいたら、思いのほか面白くて読みいってしまい、気付いたら出発予定時刻を大きく過ぎてしまっていた。異国の地で読む日本語は何であんなにスルスルと読めるものなのだろうか??漠然としながらも、すぐに「あ、今日はヤメだ」と出発を諦めていた。
 昼飯も食べずに読み続けていると、しまいにはジョンが帰って来てしまった。ジョンがどうしたんだというのでつい、舟に穴があいていて修理している。今日も泊めてくれと嘘をついてしまった。ジョンは軽くオーケーしてくれたが心が痛い…。そう思ってカヤックのハル(船底)を見てみると、実際穴があいているじゃないか!これには驚いてすぐに修理を開始した。
 修理をしているとジョンと彼の友人がやって来て3人でカヤックの話をする。
 すると、目の前の海にナブラが起きた。 
「すごいな、ちょっと泳いで行ってみよう!」 
「はぁ!?」
 そう仰天していると、ジョンと彼の友人はおもむろにシャツを脱ぎ、パンツ一丁になって海に飛び込んだ。そして一直線に泳いで行ってナブラを追いかけまわしている。なんという親水性だろうか!?なにより海が好きな僕なのに、この冷たいニュージーランドの海に飛び込む気にはなれなかった。なのに彼らは意気揚々と戻って来て「あー、残念。何も見えんかった。でも気持ちよかったなぁ」とサッパリしている。ジョンなどもう50歳半ばのはずだ。このkiwiの天然ぶりには毎度驚かされる。周りを見渡すと日曜日ということもあるが多くの人達がマリンスポーツに興じ、海辺でくつろいでいる。日本にはない風景だ。
 二人がシャワーを浴びると中庭でワインを飲みながら話をした。
 友人は現在南島のWanakaに住んでいるがもともとは4000m以上の山の山岳ガイドをやっていたらしく、ヒマラヤなどにもよく行っていたようだ。現在はキャニオニングのガイドやポイント開拓をしているらしい。スキーもすごく、北海道のニセコでトレーナーをしていたこともあるようで、その為日本語を少し話したので会話がしやすかった。
 彼はジョンの後輩にあたるクライマーのようで、共通の知り合いである山岳写真家の写真集などを見せてくれた。ヒマラヤの写真、ニュージーランド南島の山岳地帯の写真。どれも素晴らしかった。日本ではなかなか見ることがない写真なのでこれからは本屋に行ったら写真集もチェックしてみようと思う。
 ミッシェルが帰ってくるとジョンの友人と3人で近くにあるフレンチショップに行ってチーズとパン、サラミなどを買う。 
「ヨシ、これがフランスの味だよ~」
 ミッシェルは満面の丸い笑顔でこう言い、大変上機嫌だ。物がいいらしく、この地で母国の味が楽しめるのが嬉しいようだ。そりゃそうだよな。同じヨーロッパ圏の文化とは言え、微妙に食べ物も違うわけだしワイン一つとっても地方によって味が異なる訳だから自分の生まれ故郷の味を誰かに体験させることができるというのは、異国の地において楽しいことの一つだ。
 店から戻るとジョン夫婦がサラダとパエリアを作ってくれていた。その後僕ら3人も手伝って5人で夕食をとる。
 食べ終わってまったりしているとジョンの娘と孫がやって来てしばらく話をした後、お開きとなった。
 シャワーを浴びて部屋に戻るとビールを一本空けて日記を書いた。
 今日からニュージーランドのサマータイムが終り、時間が一時間遅くなった。つまり朝の6時が5時になり、夕方18時が17時になる。明らかに夏が終わったことを物語ることであり、一日で漕げる距離にも影響がでることだった。
 一日出発を延期したのが吉と出るか、凶と出るか…そんなこと気にしてもしようがないが、明日からはいよいよノースランドに向けて北上する。