コロマンデル 

2009年3月

 南島の旅が終り、北島に戻ってニュープリマス、レイクタウポを経由して北島最大の都市オークランドに着いたのは3月9日。
 この日から北島の沿岸を漕いで行く旅に出発する準備の〆が始まる。
 出発するにあたって一番面倒くさい問題が車をどうするかだ。これといって車を置かせてもらえる場所もなかったし、何より旅が終わった後カヤックやキャンプ道具を持ってオークランドまで戻る気にはなれなかった。一番手っ取り早いのがゴール予定地に車をデポしておくという手があったが2カ月近く車を放置することに多少の抵抗もあった。
 どうしようかと悩んでいた時、大学院生の後輩が卒業旅行にニュージーランドに遊びに来るという連絡をもらった。ちょうど遠征を考えていた直前だったこともあり彼らの協力を得て車をデポする作戦で行くことにした。
 オークランドに来た彼らを迎えに行くとそのままレンタカーを借りてもらい一緒に北島最北端、ケープレインガのほとりにあるキャンプ場まで行く。そこでカヤックに必要な装備類だけを奴らの車に無理やり詰め込み、一緒に旅をして出発地点のマウントマンガヌイまで連れて行ってもらう…という寸法だ。
 彼らと一週間旅をしながら3月17日、マウントマンガヌイに到着すると彼らと別れ、僕はカヤックの旅へと出るのだった。

3月18日出発準備

 出発予定の日だったのだが、17日が何もできないほど大雨が降り一日出発を延期することになった。マウントマンガヌイのホリデーパークは値段が高くてあまり長居はしたくなかったが、背に腹は代えられない…。朝から準備をすればいいものの、そんな気にもなれず街の名前の由来にもなっているマンガヌイ山に登ることにする。
 マウントマンガヌイの街は砂州の様な岬の先端に岩山がある土地で、岩山の麓に広がるマリンレジャーの街だ。外海とタウランガ湾に面した内海があり、内海にはヨットやクルーズ船が停泊し、外海のサーフには多くのサーファーが集まっている。街には多くのカフェやバーが海沿いの道路に並んでいる。その立地にあるホリデーパークはサーフィンを楽しみに来た長期キャンプカー旅行者や釣りを楽しみに来たセレブ達が使用することが前提となっているので、車もなく一人山岳テントを張った僕はかなり浮いている日本人だった。
 マンガヌイ山は思いのほか景色がよく、これから漕いで行く海を見るにはちょうど良かった。距離的には外海から一気にコロマンデル半島を目指すのが短く、冒険的ではあったが、あのサーフゾーンを越えて景色の変わらない外海を漕ぐのは非現実的に思えた。安全に、内海のタウランガ湾を漕いで行くことに決めた。
 午後からはカヤックのメンテナンス。これからしばらく組み立てっぱなしにするし命を共にする愛艇である。緩んだネジを締めなおし、穴があるかをチェック、フレームの浮いた塩を削り取り、錆止めと潤滑油を塗りたくった。
 車が無いので買い出しも大変だ。4キロほど歩いてマウントマンガヌイのスーパーまで行き、2週間分の食料を買っておく。その重さと言ったらなく、バックパックを持ってくるのを忘れてビニールにぶら下げていったら手がちぎれるかと思った。ネットをしようと安い場所に行ったら、XPが入っているにも関わらず日本語ソフトが無く、使えなかったのに金を取られた。やれやれだ…。
 カヤックを出発予定地で組み立てて置いてあるボートの横に立てかけておいた。
 目の前の静かな湾でアウトリガーカヌーを漕いでいる。ポリネシアの血を受け継ぐマオリがいるだけに、ニュージーランドはアウトリガーカヌーも非常に盛んだ。油のように凪いだ海面に夕日がオレンジ色に染め、そこをカヌーが切り裂いていくのは見ていても気持ちがいい。明日からの旅に身悶える。
 夕飯は後輩たちが置いて行った旅に持っていくことができない食材をこれでもかとご飯に載せて食べたのだが、こってりしすぎて気持ち悪くなった。
 準備は万端。閉店間際の近くにあるホットスプリングプールに行って風呂に浸かり、明日からの旅路に鋭気を養った。

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3月19日 Mt.manganui →Pios beach

 旅の最初は必ずパッキングに手こずる。今回も大量にある荷物が果たして本当にカヤックに収納できるのかで半信半疑のまま、適当に突っ込んではダメだと出して入れ直すのを繰り返していたら出発は10時になってしまった。
 やれやれ、やっと出発できるぞと思っていたら今度は後ろに停まった赤いバンから人が降りてきて話しかけられた。 
「おまえ、アナキワにいなかったか?」
 そう聞かれてアナキワって、何だ?と思って意味不明だったが、そのおじさんがKASKと言ったので思い出した。KASKフォーラムの事か。居たと言うと彼も参加していたという。フェザークラフトの舟、東洋人というレアな組み合わせだったので僕だとすぐわかったようだ。
 どこまで行くのだと聞かれて「ケープレインガ」というのは大げさに感じたので最初の目的地、オークランドと答えておいた。彼は「そりゃいいな」といった感じでこれから僕が行くタウランガ湾の説明をしてくれた。
 タウランガ湾は湾の中央が非常に浅くなってマングローブ林があるラグーンだ。浅くて干潮時には通行ができなくなる湾なのだが、運よくこの時の潮回りは湾を通過するには良い日だった。
 ある程度情報をくれると彼は「グッドラック」と言って見送ってくれた。旅の最初としては幸先のいい出だしである。
 それにしてもなんと静かな出だしだろうか?ここは海なんだろうかと思えるほど四方を陸に囲まれ、ベタ凪ぎの海面を滑っているとニュージーランドの海も穏やかなもんだな…などと油断の一つも生まれる。飛んでいる鳥も、木々にとまっている鳥も水鳥でサギやカモ、ガン、ブラックスワンなどが観察できる。ただ、漕いでいるとたまに小さな鳥が顔を出す。ブルーペンギンだ。彼らを見るとここが海であることを思い出す。
 順調に漕ぎ進んで距離を稼ぐが、13時過ぎにちょうど湾の中央部にあたり、とても浅くなった。はるか沖に半分沈んだジープが見える。周りにはマングローブが生い茂り、カヤックから降りて干潟を歩きながらカヤックを引っ張る。 
「こりゃ、西表と変わらんな」
 西表島の船浦湾で大潮の干潮時にカヤックを引っ張って澪筋を歩くのと大差変わらない。
 ある程度行くと潮も上がって来て水深のある場所にも出れたので再びカヤックを漕ぎ進める。
 タウランガ湾は二つの入り口があり、西の端はコロマンデル半島の付け根の街、ワイヒに近い。今日の宿泊予定地はそのワイヒビーチにあるホリデーパークで、タウランガ湾を出て外洋から行くことになる。外洋と言っても、つまるところこれから漕いで行く海そのものの事で、この内海は出発当初の小手調べみたいなものだ。出発時に助言を受けたとおり水路の左側を通り抜けることにする。潮も下げ潮になっており、潮に乗って為されるがままに外洋に出ると、地形が複雑なためか四方八方からサーフが巻いてきて慌てふためいた。
 ベタ凪ぎの湖の様な海から、いきなり外洋のうねりが入ってくる荒海に放り出され、正直軽いパニック気味だった。しかも潮と追い風によってどんどん沖に流されていき、サーフゾーンが怖くて沖に漕いでいたものの、ほどなくすると今度は自分がとんでもなく沖に流されたんじゃないかと思い、あわてて進路を北にとった。
 太平洋からやってくる大きなうねり。そしてオフショアの強い風。
 あまりにもタウランガ湾が平和すぎた。
 これが本来のニュージーの海だ。でも僕にはそれを受け入れる覚悟がまだできていなかった。震える膝がパドリングの推進力をうまくカヤックに伝えてくれない。 
「なに、ビビってんだよ、俺…!」
 情けないことに僕は波に恐怖していた。
 しかしここでこんなことではこの先どうやって北の端まで行くのだろう。とにかく我武者羅に北を目指して漕いだ。
 沖から見るビーチは、いつまで続くんだろうと思えるほど長く伸びている。そしてものすごく素朴な疑問がわいてきた。
「どこに上陸するんだ?」
 ホリデーパークがあるならテントやキャビンの位置で把握することができるだろうと軽く思っていたのだが、このあたりのビーチは砂が盛り上がって天然の防波堤のようになっているうえにしばらく海岸植物が生えているスペースがあるためにその奥にある人の住む場所が見えないのだ。目測でしか距離が測れず、地図を見ても現在地がどこなのかまったくわからない。あー、GPSって、こういう時に便利そうだな…と、切に思った。
 だいたいホリデーパークがあるだろうと思える場所に目星をつけ、時刻も16時を回りそうだったので上陸を試みることにした。
 うねりはとても大きかったが、ダンパービーチではなく、規則正しいリズムでやってくるのには救われた。タイミングを見ながら波に乗らないよう、サーフゾーンをうまくいなし、上陸を試みる。 
「よし、もう大丈夫だろう…」
 波の後ろからダッシュで岸に近づき、周りがスープ地帯に入ったと思って油断した時だった。
 いきなり尻が持ち上げられ、まるですくい投げを喰らったかのように僕のカヤックは垂直になっていた。 
「マジかよッ!」
 そう思った時はもう周りは見えず、体がギリギリ地面にあたるかどうか。パドルがガツガツと砂に刺さり、とてもロールなんて出来るような状況ではなかった。体をねじりながら沈脱して顔を出すとカヤックがものすごい勢いで浜に向かって流されていった。水筒が漂流しておりそれを拾おうとすると次の一波がやって来てサングラスを引きはがされた。周りを見渡すとカメラケースも流れているがもう少しで浜に上がりそうだ。本当のスープ地帯まで泳ぎ、漂流物を回収してまわりながら浜に上がると、水が満載になったK-1が転がっており、その水を排水していると後ろには見事なチューブを巻いた波が打ち寄せている。ショートボートで見事に技を決めながら時折サーファーがこちらを見てニヤニヤしている。 
「いや~、やられた…」
 全身ずぶぬれになりながらしばらく放心。
 僕は練習でもデモンストレーションでもなく、ツアーガイドをしていた時から実戦で沈をしたのは初めてだった。この旅で僕はずいぶんとひっくり返ることになるのだが、この時は初めての経験にちょっとしたショックを感じていた。そしてそれと同時にそれまでのビビりが嘘のように笑えてきた。
 そりゃ、沈くらいするよな。遠征なんだもの。
 なんか、ふっきれた感があった。
 しかしこのままではしょうがない。カヤックを揚げられるだけ揚げてPFDを着たまま浜から陸に上がり、ホリデーパークを探した。しかしそれらしき場所はなく、完全に高級別荘地、住宅地といった感じでお目当ての場所からはずいぶん離れていることに気付いた。
 カヤックに戻り、そこから目的地のwaihi beach方面に向かって歩いて行ったが、一時間歩いてもそれらしきものはなく、往復2時間歩いた頃には日も暮れかけていた。人も少ないのでこの日は暗くなってから浜にテントを張ってビバークすることに。
 斜めの砂地を足でならし、なんとかテント一張り分のスペースを作って夕飯を作った。
 遠征初日にして大失敗。だけどちょっと体も心もサッパリした感じだ。
 ニュージーランドの海がまず教えてくれたこと。
 まさに洗礼だった。

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3月20日Pios beach → Tairua

 朝6時半に起床。
 ニュージーランド北島はこの時期7時を過ぎないと明るくならない。もうサマータイムも無理がある感じにはなっていた。
 海は前日に比べて凪いでおり、出艇は容易そうだ。波打ち際ギリギリでパッキングし、8時20分に出発。
 しかし容易に思えたものの、大波をかぶってカメラが入ったペリカンケースが外れる。取りに戻り、カヤックのコクピットに満水した状態でとりあえず沖に出る。これを機にカメラケースのハンドルに一回バンジーを通すという基本的な行為を覚える。また、カヤック遠征でデッキの上にいろいろ乗せるのはあまり良くないことだと実感する。
 うねりはあるものの、沖に出ると凪いでいた。風も時折オフショアが吹くが昨日よりは全然ましだ。黙々と北上する。
 いつまで続くんだろうと思えた砂浜も昼前には途切れだし、小さな岬が張り出すようになってきた。そこはそそり立つ岩があったりして見ごたえがあった。
 13時30分、Wangamataの沖に出る。朝はそれほどでもなかったが、この時間帯になると風が強くなってきており、この沖合でもかなり吹いていた。風から逃れるために沖にあるWangamata Isの陰に隠れると、そこに割れ目があって中に入れそうだった。洞窟大好きな僕は風が強いにもかかわらずその中に入っていくと、不思議なことにその島の中央に向かっているはずの洞窟の先が明るくなっていることに気付いた。 
「これはまさか、ひょっとすると…!?」
 そう思って中に入ると、予想していた通り、空が見えて吹き抜けになっていた。うねりがかなり力強く入ってくるものの、ビーチまであり、そこは僕が長年求めてきたジブリの「紅の豚」にでてくる主人公ポルコ・ロッソの基地だった…! 
「本当にあるんだ、こういう所!」
 後で知ったところによるとここはサンクチュアリになっているために上陸が禁止されているようだが、そんなこと知らずに上陸し、写真をバカスカ撮りまくった。海が穏やかな時に是非また来てみたいと思ったが、この時は波が半端なく、カヤックがさらわれそうで危なっかしくてたまらないので先を急いだ。 
 この日は小さな入江の入り口があるOpoutereという街に上陸しようと考えていたが、案の定海からではその入口がわかりづらく、時刻も16時を過ぎたばかりで早いので、その先にあるTairuaまで行くことにした。Tairuaならば車で旅行した時にホリデーパークに泊まったので迷うことはない。無心になって追い風に乗って黙々と漕いで行くとTairuaのシンボルともいえるPekaが5時半に見えてきた。
 しかしそこからが長かった…。
 下げ潮と向かい風でなかなか前進できず、なんとか頑張ってTairuaの入江の中に入るとほとんど潮が引き始めており、うまくホリデーパークに行けるかどうかわからない。近くにあったダイビングショップに行って詳しい場所を聞くが、すげえ適当なことしか言わないので全然参考にならない。いったん干潟を歩いてホリデーパークに行ってチェックインをすると、再びカヤックまで歩いて戻り、浅くなった水路をだましだまし漕いでホリデーパークに近づく。ところが惜しいところで座礁してしまい、無理やり引っ張ったり、戻ったりしているうちに日が暮れてしまい、ヘッドランプの明かりを頼りに干潟を漕ぐ。途中、スティングレイが威嚇して毒針を突きあげてきたりして、こんなもの刺さった日にはファルトなどたまったもんじゃないと焦る…。
 なんとか近くの公園にカヤックを放りあげてキャンプ道具を運び込むと時刻は8時を過ぎていた…。
 この日の漕行距離52.5㎞。2日目にして頑張りすぎた。
 寒くて高かったけどシャワー浴びて夕飯をウトウトしながら作り、無理して押し込むようにして食べ、「もう駄目・・・」とうなだれながら寝入った。

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3月21日Tairua → Whitianga

 朝8時過ぎに起きるがそれでも眠い。そして体が重い…。いやー、疲れている。
 それでも朝食は食べないと一日のエネルギーが持たないのでトースト2枚、昨夜の残りを味噌汁で溶いて食べる。こっちのスーパーには味噌汁のパックがちゃんと売っているので日本食に飢えることはない便利な国だ。
 Tairuaはちゃんとした街なのでスーパーや雑貨店もあるのでここで行動食とガソリンを買い足しておく。そしてカヤックをひっくり返してみてみると昨夜の干潟でやられたのかけっこう傷があり、ダクトテープを張りまくってなんとか応急処置を済ませておく。パッキングの配置を一からやり直し、準備が終わると11時半になっていた。
 昨日まではオフショアの西風だったが、この日は南南東の追い風で、岸にぶつかった波が返し波になるせいかチョッパー気味の波で、漕いでいて休むことができないほどだった。それでも追い風なので何もしなくても前進できるのはありがたい。それにこの日はマーキュリーベイに途中から入るので風がシャットダウンされて穏やかになると踏んでいたし、各種の観光地を通るので楽しみではあった。
 しばらく休みなく漕いでいると、最初の観光地ホットウオータービーチの沖に出た。
 ここは海岸に温泉がわいているので干潮時に砂浜を掘ると温泉が出るという観光地で、観光ガイド本などにはビキニの女の子がスコップで温泉を掘って浸かっている写真などがよく使われていた。
 だが僕はここに3回来たことになるのだが3回とも満潮時で、結局一回も温泉を掘るまでには至らなかった。おまけにここは有名なサーフポイントで、しかも岩があるエグイ場所だと言われていたので上陸は控えた。
 ホットウオータービーチを越えてハーヘイの手前にある岬に来ると地形が複雑でダイナミックになり、非常に面白い。波は相変わらずだったが、こういう代わり映えのある景色の中を漕ぐのはいい。
 車で来た時に魚突きをやった場所を通ると、サメのひれが見えた。よく見ると頭が二股に分かれている。 
「うぉっ、ハンマーヘッドだ!!」
 シュモクザメの仲間らしくしばらく僕を追っていたが、そのうち消えた。魚突きをやっている時に出くわさなくて良かったな~と思ったけどそれ以上に初めてカヤックから見たのでちょっと興奮した。
 この岬を回り込むと、予想通りベタ凪ぎの海が現れ、多くの若者や観光客がマリンレジャーを楽しんでいるのが見えた。その静かな海を漕いで浜に上陸すると、やれやれと岩に座り込みクッキーとオレンジをほおばった。
 岬の先端で荒々しい岩と海に翻弄されながら独り漕いでいたと思ったら、ほんのちょっとでこの平和な光景である。海はわからんさーね~…。
 ほどなくして漕ぎだすと、今度は有名な観光地、カセドラル・コーブの前を通過する。石灰岩の岩盤が波の浸食によってできた巨大なトンネルなのだが、石灰岩の白い砂と岩盤が青い海と相まって何とも美しいシースケープを創っているのだ。
 最初はせっかくカヤックなのだからと沖にある島に行ったのだがたいして面白くなかったのでカセドラル・コーブに近づいて行った。沖から見ると沖縄の万座毛みたいに大したことはないのだが、近づいてみると確かに面白味のある地形である。水着のお姉ちゃんもたくさんいて、何だ、こっちの方がいいじゃん!と、独り頷きながら漕ぎ進める。
 漕いでいたら前からツアー連中がやって来たのだが、その人数の多いこと!30人くらいを4人のガイドで3グループくらいに分けてやっていたが、半日ツアーと聞いていたから大した量である。そりゃビジネスとして成立するはな。
 風が結構強く、日本でならちょっと考える風だったけどガンガンお客さんは漕いでいるし、ハーヘイの街も近いので問題ないのだろう。ガイドもすごいけど、お客自体の体力もこっちはやはりあるな…と、思わざるをえない…。
 ここを越えて湾の中に入ると目的地のcook beachが見えてきた。
 となりにあるCook Bluffはなかなか好きな景色で漕いでいて面白かったが、肝心のbeachの方にはお目当てのホリデーパークが見当たらなかった。そこでちょっと焦って来て目の前に見えるシェイクスピアクリフ(シェイクスピアの横顔に見えるらしいがまったく人の顔にも見えなかった)の麓にあるビーチでビバークしようかと悩んだが、夜中に馬鹿な観光客が来そうだし、キャンプするなと注意されるのも嫌なので、さてどうしたものかと考える。
 あまり気は進まなかったが、奥にあるバッファロービーチまで行き、昔友人のリョースケが働いていたバックパッカーに泊まろうと考えた。
 ブッキングせずに泊まれるか心配だったが、浜にカヤックを置いて目の前にあるバックパッカー「On the beach」に行くと、あっさりと泊まることができた。それもカヤックで旅をしている、リョースケの友人だというと宿泊料をマケテくれ、冷たいビールまでおごってくれた!
 す、素晴らしい!!
 もちろん部屋ではなく庭にテントを張らしてもらったのだが、それでも大感謝。この宿にはレンタル用のシットオンがあるのでそれ用の台車を貸してもらいカヤックごと宿に運び込む。
 それを見ていたマーティンというイギリス人がしきりに話しかけてきた。彼は一昔前まで日本で英語を教えていたらしく、日本人でもカヤックをやるのだなと感心していた。
 彼としばらくビーチで話をしたのち、テントを立ててシャワーを浴び、もらったビールをテラスで飲んでいるとなんともゆったりした気持ちに浸れた。
 ニューワールドという、ニュージーランドの大手スーパーに買い物に行くと、なんと8時で閉まっていた…! 落胆しながら歩いているとFish and chipsの店を発見し、チップスだけ買って、それを食べながら帰る。こっちで言うチップスは日本のポテトチップスではなく、ポテトフライの事だ。新聞紙一枚で包み込んだけっこうな量で$2.5ととても安い。揚げたての熱々を頬張りながら帰ると、熱さで上あごの皮がむけてしまった。
 お腹も満たされたので簡単にインスタントラーメンだけ作って食べ、たまった航海日誌を書いて就寝した。
 テント泊とはいえ、寝る時以外はリビングも使えるのでフカフカのソファーに座りながら文章を書けるのは至極上等な時間だ。漕ぐ距離も30キロ前後と短かったのでこの日は余裕を持って寝ることができた。

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3月22日停滞

 なんだかんだで疲れているらしく、起きたら8時過ぎだった。
 トーストとコーヒーの朝食をとって荷物をまとめ、台車にカヤックを積んで運んでいると、昨日は会うことがなかったオーナーのスティーブが現れた。
「カヤックで旅している、リョースケのフレンドってのはお前か!?」
 色眼鏡に野球帽をかぶり、ウエイブのかかった髪といい、すきっぱと言い、まさに典型的な外国の田舎にいる気のいいおやじといった感じだ。 
「よし、俺がマッスルがいっぱいいる場所を教えてやるからな」 
「兄貴、だからこいつ今から出発するんだって…」 
「あぁ…そうか。そりゃ残念だ…」
 スティーブの弟がそう言って間の手を入れるのだが、天気を教えてやるとパソコンで天気図や天気予報をプリントアウトして見せてくれる。その天気予報を見ると、今日は午後からあり得ないくらい風が強くなりそうだった。思わず目が点になる。
 しかしまぁ天気は良いので行けるとこまで行くさ…みたいなことを言ってビーチに出た。
 確かに海に出ると風がある。湾の最奥であるこの場所でこれだけ風が吹いているというのは、外に出たらどうなっているかは容易に想像がつく。これは先が思いやられるとしばらく海を見たのち、「ヤーメタ」と、停滞を決めた。
 宿に戻り、どうした?という顔のスティーブに「風が強すぎるから、今日は休むは。泊まってもいいか?」と聞くと「オフコース!」という言葉が返って来て、なんとテント泊ならタダでいいよとまで言ってくれた。これにはさすがに素晴らしすぎて柄にもなく感動してしまった…!
 スティーブが日本人好きで、よく働いてくれるので宿のクリーナーは日本人を優先的に使っているということもあるし、もともと海が好きで冬の暇な時は毎日釣りに行ったりする人、カヤックに理解があるということ、リョースケという共通の知り合いがいることもあったが、こういうことがあると無理して無人の浜に泊まってキャンプしなくて良かったな…と、しみじみ思う。ありがたくテントを張り直し、カヤックはビーチに置いたままにして午前中はTairuaで開いた穴をふさぐ修理に費やし、午後は買い出しに行ったり飯食ったら眠くなって昼寝などしていた。
 この日停滞して良かったなと思ったのが、食料に買っていた2㎏の米×2が、二袋とも穴があいて水没しており、酸っぱい臭いを発していたことだ。これに気付かなかったらこの後グレートバリア島でも米ナシで生活しなければならなかったので危ないところだった。
 あと買い出しでキューピーのマヨネーズを買ったのがその後大正解だった。こっちのマヨネーズは不味いので本当、キューピーって、すごいなぁと思った次第。普段はあまりマヨネーズ使って飯食べないんですが、遠征時にはマヨがあると非常に利用範囲が広くて助かります。
 食後にネットをしていたら、昼間にちょっと話をした日本人のクリーナーの女の子がやって来て話をする。そのうちうちに来ないか?と言われてクリーナーが住んでいる家に呼ばれて飲むことになった。あいにく2人しかいなかったので3人で飲む。
 僕はすっかりビールをごちそうになり、久しぶりの日本語に色々なことを話しつつ、気付いたら1時半を回っておいて急いで宿に戻って寝たのだった。シャワー浴びてテントに入ったのが2時。まぁ、日本人の女の子と呑めたので、良かったよかった(後日、この時の女の子とはオークランドでも合流することになる…)。

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3月23日Whitianga → Waikawau

 7時過ぎに起きて朝食と食べ、荷物をまとめて宿を出る。スティーブは会いにくいなかったが、双子の弟(全然似てないけど)がいたので彼に別れの挨拶をしてビーチに出る。
 パッキングをし終わったのが9時半。海はベタ凪ぎだったが、雲行きは怪しい。
 遠浅のバッファロービーチのうざったい波を乗り越えて沖に出ると、しばらくは何ともない海だったがマーキュリーベイを出る頃には一気に東風が吹き出して海が荒れだした。いまだにあれは地形的なものだったのか、前線でも通過したのか理由がわからない。とにかく急激な変化だった。
 風だけならともかくかなり大きなうねりまで入って来て、トップで崩れるのでブレイスしなければいけない状況も多々現れた。マーキュリーベイを出て北のRed bayを回るまでの約10㎞、2時間半は休むことなく集中力のいるパドリングを強いられた。 
「あー、なんで今日出発してしまったんだろう…」
 こんな海を漕いでいると生きた心地がしなく、自分の選択の間違いを罵りながら漕ぐことになる。
 それでも漕いで進まなければ生きて帰れない訳で、なんとか岬を回り込むと横風は背中から吹くようになりTokarahu pointを過ぎるとやっと風裏になって休むことができるようになった。
 Otanaの手前の浜に上陸し、やっとのことで小便をしたが、実はその前にカヤックの中で禁断の失禁を起こしていた…。いわゆる「お漏らし」である。しかし沈して生死の選択を迫られるよりは全然ましだ。浜でパンツを脱ぎ、シーソックスも外して両方海水で洗っている自分の姿に笑えた…。遠征前はビールを控えた方がいいと思ったが、酒はヤメルわけにはいかないのでワインにすることにした。
 そこからBlack Jack SRを経てMatarangiまでは極上ビーチが続いた。ものすごいきれいな人気のない白い砂浜が続いたが、漕ぎ進むという意味では長くもあった。ときどき吹き抜ける風があったものの、海は凪ぎで静かなものだ。
 しかしそれも風裏にいる間だけで先に進んでいくと再び風が強くなる。東風だった風は南東風になり、それは僕には追い風で都合がよかった。海岸線を舐めるのではなく岬から岬へ最短距離に沖を漕いで進む。
 Wangapouaの沖を漕いでDOCのキャンプ場があるWaikawauを目指す。
 18時過ぎに地図にあるWaikawau沖まで来たのだが夕日が眩しくて地平線がどうなっているのかよくわからない。隣にあるlittle bayは確認できるのだがそれらしきキャンプ場がある入江が見当たらないのだ。
 サーフを越えてその先にある岩場の海岸線も漕いでみるがそれらしきものはなさそうだ。もう体力が限界で日も沈みそうだ。ゴールがあると思っていただけに集中力もキレ気味だった。
 さっきのサーフの際に良いビーチがあったのでそこに上陸し、ビバークすることに。
 地形図を見ると入江はかなり大きなものなのだが、実際の入江は遠浅で干満によってかなり大きさが変わるもののようだ。キャンプ場もかなり奥にあるのでカヤックで行くにはかなり無理がある。
 日が陰ると急激に気温が下がり、波をかぶった濡れた体にはかなり寒い。すぐに着替えてとっとと飯を作り、それをかっ込んでワインを飲む。
 夕飯はアラスカのグレイシャーベイの時と同じ炊き込みご飯にマヨネーズかけたもの。これにさらにイタリアンドレッシングも加えるとマジで美味い!俺はマヨラーかもしれない…。
 日誌を書いてガイド本を隈なく読んでいると寝てしまった。
 この日も52㎞漕いだ。時化具合を考えれば上等だ。

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3月24日Waikawau → Stony bay

 7時半頃に起きるが、テントから出たのは8時を回っていた。とにかく寒くて何でかと思ったら、外は見事な快晴。どうやら放射冷却現象が起きたようだ。
 昨日はテンパッてて周りをあまり探索できなかったので写真を撮りに色々と歩き回る。朝の散歩が終わったところでスープ、コーヒー、パン5枚の朝食。いつもなら晩御飯の残りを雑炊にして食べるのだが、ここ最近は夕食で全部炊いた米を食べてしまうし、パンが好きになっていたのでパン食になっていた。日本ではパンなんて滅多に食べないのにな…。
 パッキングが終わって出発したのは10時を過ぎていたが、今日はStony BayというDOCのキャンプ場があるコロマンデル半島の先端付近でまったり過ごそうと思っていたので僅か2~3時間のパドリングだと踏んでいた。
 天気は雲ひとつない晴天、風は東からの微風、うねりもなだらか、申し分ないパドリング日和だ。これでフィールドが良ければ最高なのだが…。
 昨日はかなり沖合を漕いで距離を稼ぐだけだったので、この日は海岸線を舐めるように漕ぎ進み、ロックガーデンを見つけては突っ込んで遊んだ。しかしこういう時に限ってあまり変わり映えのない景色が続いた。
 カヤックを漕いでいると磯の上にヘリコプターが泊まって、周りで磯釣りをしている人達がいる。日本なら渡船で渡るような磯だが、こちらではヘリコプターでエントリーして釣りをするらしい。なんともお国柄が出ている光景である。
 意外と時間がかかり、3時間半で目的のStony bayに到着した。
 Stony Bayは車ではなかなか来ることができないコロマンデルの秘境である。せっかくコロマンデルにカヤックで来ているのだからこういう場所を攻めない手はない。3つある秘境ともいえるコロマンデル半島先端部のキャンプ場だが、ここは特に小さな入江の中にあるこじんまりとしたキャンプ場だ。浜に上陸すると、たくさんのポフトゥカワの大木が生い茂り、イイ木陰を作っている。小川が流れ込んでいてきれいな水をたたえている。
 キャンプ場をだいたい物色するとテントを張る場所を決めてそこに荷物を運んだ。カラになったカヤックを小川に持って行き、丸ごと水洗い。フレームの塩抜きもあるがそれ以上にカヤックの中に入った砂を取り除く方が目的でかなりすっきりした。
 テントが立て終わると3時頃、いよいよ潜りに行く。
 このカヤックの旅が始まってから漕ぎ急ぐことに必死になってまったく潜っていなかった。それに前に車でこの半島に来た時に是非とも先端部分で魚突きがやりたかったのでStony Bayでの魚突きはかなり気合が入っていた。
 カヤックを漕いでいる時はかなり海の透明度は良かったのだが、東からのうねりで東に向いているこの入江はかなり濁っていた…。これにはかなりまいったが、沖に出れば大丈夫だろうと透明度1mほどの海に泳ぎだした。海藻が生い茂る浅場を泳いでいるとそこ付近に細かい魚がウロチョロしているのが見えた。潜ってみてみるとアジだ。アジの群れが浅場に入って来ているようで、良く見ると30㎝ほどの良型なのでこれでも突くかと息を整えて海底まで潜ると、いきなりアジの群れが散った。 
「…ッ!!」
 群れが逃げた反対側をずっと見つめていると、じきに巨大な魚体がうっすらと見えてきた。
 キングだ。キングフィッシュである…ッ!!!!
 3匹の巨大な魚が目の前を通過する。無意識のうちに水中銃を向け、気付いた時には打ち込んでいた。
 放たれたシャフトはキングフィッシュのちょうど首筋。胸鰭の上の側線部分に突き刺さり、魚はびくりとも動かずにシャフトの重みでクルッと一回転した。
 いやまぁ、なんというか、この達成感のなさ…。あれほど執拗に追いかけまわして突きたいと思っていたキングフィッシュをあっさりと突いてしまった。水深4~5mのデッドシャロー。入水してからわずか15分…。獲物としては十分だったが何だか満たされないものがありそのままエビとスナッパーを求めて泳いだ。まぁ結局獲れなかったのだけど。
 悔しいので帰りに先ほど群れていたアジの群れを狙ってアジを突いた。正直、キングよりもこちらの方が狙った通りに突けると相当面白かった。
 海上で突いたアジを手開きでひらいて海水だけで食べた。美味い!アジ、旨い!!ラッコのようだが、この喰い方がイワシやアジは一番美味いような気もする。
 5時前に浜に戻り、写真を撮るとばらしにかかる。大量のアラ。頭や骨は浜にやってくるカモメや波打ち際に待機するスティングレイに放り投げた。カモメに至っては調子に乗るとさばいているそばから摘まみかかってくるので、そんな時は容赦なく石を投げつけた。本当にニュージーランドのカモメは腹が立つ。
 テントサイトには小さな釜戸もあったのでたき火を起こし、カマは塩焼きにし、腹側の身を刺身にして食べた。
 脂がのって旨い!キャンプではなくてちゃんとした調理場でしっかり料理して食べてぇな~と思ったが、カヤック旅ではただの食料だ。そのうち飽きてきてレモンジュースとクレイジーソルトをぶっかけて食べるようになる。
 しかしここで驚いたのはここに住んでいるカモである。こいつら、最初は愛らしくて可愛いなぁと思っていたが、そのうち非常に馴れ馴れしくなり、終いには刺身を置いておいたら喰い漁っていたのだ。普通、鴨が刺身食うか??こんなカモはカモじゃない…。
 米を炊き、残りの大量に残ったキングの肉を切り身にして醤油の漬けにしたり、塩漬にしたりしてジップロックに入れて明日からの食料にする。こんなことになるだろうと塩だけは大量に持ってきて正解だった。
 
 漕行距離わずか17㎞。魚の脂でギトギトだが、明日からは今回の遠征最初の難関、グレートバリアアイランドへの島渡である。多少の緊張はあるものの、心配していた天候もかなりいいようなのであとは自分の心の持ちようである。
 いかに楽しめるか?ニュージーランドに来て初めてキングフィッシュを突いたこともあるが、海の楽しみが沸いてきたいいタイミングだと思った。

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