◆ニュージーランドに何故向かったのか?

 僕と直接関係のある方ならいざ知らず、赤の他人にはそんなことはどうでもいい動機かもしれない。
 
 しかしこれは僕の航海記録でもある以上、その動機から書いて行く必要があると思う。
何しろ本人ですらその動機が曖昧になっている今、このニュージーランド行きがはたして自分にどういう意味があったのか?それを明確にする為にも過去からの自分の思考の変化とそれに伴う行動、そしてこの遠征を経た経過を知る必要があると思ったのだ。

それは15年以上も前までさかのぼることになる…。
 
 高校生の頃、英語が大嫌いだったくせに外国には行きたかった。
 理由はアメリカに憧れていた…わけでもなく、ヨーロッパの高度な文化様式に魅せられていたわけでもなく、異国への夢とロマンに駆られていたわけでもなく、単純に日本という国が嫌いだったからだ。

 果たして日本という国を支配しているこの価値観。右を向けと言われて皆で右を向き、マスコミのいい様に踊らされるメデタイ国民性。主流といわれる物に乗らなければ退けもの扱いされる社会性。
 高校に通う当時の僕は学校内のくだらない人間関係にも嫌気がさしており、かといって自分の考え方がまともで、正しいと言い切れるほどの自分への自信もない若造だった。

 当時読んでいた落合信彦氏の「狼たちへの伝言」やカントの「啓蒙とは何か」などの影響から外国に行って異国ではどんな考え方をして生きているのかという事に大きな関心があった。
 同時にアウトドアをやっている方々なら大多数の人が読んでいると思う野田知佑氏の本の影響や、当時大感銘を受けた星野道夫氏の著書を読んでアラスカという土地に関心のあった僕は、「大学生になったらアラスカに行こう!」と、大真面目に考えていた。
 日本の自然環境でも満足している自分が、その自然を罵詈雑言言っている野田さんが絶賛している場所に行ったら、どんな感動が待っているのか・・・!それは僕の妄想力を大幅に越えて、考えるだけで鳥肌が立った。

 そんな僕だが、大学に入ると何の因果かサークルの調査で西表島に行く機会があり、ここで僕は書の知識よりもはるかに爆弾的な衝撃を受け、それまでの知識人の誘惑などどうでもよかったのごときこの島に通うようになる。

 あふれる生命、濃密な空気、常識を覆す生き方をする人たち…。そしてここが外国ではなく、日本であるという事実…。
 
 釣り好きがこうじてガーラに惚れたとか、ありえない量の生物の多様性とか、ムチャクチャに濃密な自然とか、シーカヤックを知ったとか、素潜りも覚えたとか、色々な要因はあるとは思う。だけど外国などに行かなくても僕の中で一皮剥けたというか、人間として何か変わる影響を受けることができた。

 学生時代はそんな理由で一年間休学して生活してみるまで西表島に入り浸っていた。
 だがどうしても、外国へ行くという衝動は残り続けた。観光で行くくらいなら長期で滞在したい。長期で滞在するなら僕の年齢ならワーキングホリデーという便利なビザがあることを知ったのもこの頃だった。就職したらその夢も叶えられるかどうかわからない。その夢を叶えることを前提に、辞めることを前提に就職をするというのも会社に悪いと馬鹿正直な僕は考え、卒業したらバイトで資金をためてカナダにワーホリで行き、そのままユーコン川を下りつつアラスカに行こうと考えた(後から人生勉強の為にも就職しとけばよかったとかなり後悔したが…)。



 当時、すでにシーカヤックをまじめにやろうと考えていた僕は学生の分際でフェザークラフトのカフナを買っていた。
 シーカヤッカーになろうという気持ちも強かった。

 まわりの人間が就職活動中、西表島の昔から通っていたぱぴよんにガイドになりたいとお願いしたものの、断られる。
 いったんは諦めてアラスカ行きに人生の標準を合わせていたものの、卒業旅行で向かった西表島で南風見ぱぴよんのカヤックガイドが少ない事実を知り、これはチャンスだとオーナーの山元さんに問い合わせると、色々ありつつも、今回はガイド職にアリツクことができた。アラスカ行きは遠のいたが、僕はこれを機にシーカヤックガイドという仕事に就くことになる。

 その後、いろいろあったり、考えが変わったりして島を離れたり念願のカナダ、アラスカにカヤックを背負って短期ではあるが行くことができたり、小豆島でガイドをやったり、日本を縦断したりと色々やることになるのだが(この辺の僕の心理状態はプロフィールの「日々漕想:を読んでもらいたい)、月日は無情にも流れ、終にはワーキングホリデーの制限年齢近くにまでなっていた。
 カナダのワーキングホリデーには2年連続、募集がかかってから2カ月ほどで定員を越えてしまい、ビザを取り損ねていたこともあるが、いい加減何とかしないといけないと思っていた。

 このまま日本で得た知識だけで、日本人の価値観のままで日本で仕事をしていくというのは未練がましくも、どうも納得できないでいた。とにもかくにも、まずは日本を出たい、出なければ…。それもできるだけ早いうちに…。そんな焦燥感だけはどうしても体の芯で疼いていた。
 
 そこで考えを変える、改めることにした。

 俺は本当にカナダに行きたいのか…と。

 カナダ、アラスカに関しては今だに野田さんや星野さんのイメージを引きずっているだけなのではないか?その土地で自分が本当にやりたい事をできるのか?
 確かにシーカヤックをやるうえでは極上のフィールドである。未だに僕はアラスカに惹かれる思いがある。だがそれを切実に思っていたのは昔の自分であり、今の自分ではない。むしろ今の僕はカヤックや荒野というもの以上に「海」が深く根付き、潜水という手段も得ている。
 他の国を見た時、同じアウトドアの先進国でカナダと違って海に潜って魚を獲ることができそうな国があった。

 それがニュージーランドだった。

 その他にも「73回目の知床」で出会った藤井さん夫婦がニュージーランドに移住したという縁もあったし、人数制限もなく、年齢制限もギリギリまで大丈夫で最低限必要な持ち込みのお金も少なくて済むなどかなりゆるいビザの規定もあったが、それまでヒツジとワインとヨットとラグビーの国…というイメージしかなかった僕には全く持って未知なフィールドだった。

 そんな折、ミルフォードサウンドの項でも書いたが友人が買ってきてくれた外国のカヤックフィールドを紹介する本のほんと、小さな写真だったが、そのフィヨルドランドの写真を見て、心が動いた。

 「よし、ニュージーランドにしよう!」

 それまで、自分の中でひしひしと募ってきたその土地への想いや、期待、縁をもとに旅に出ていた僕だが、このニュージーランドに関しては本当に何の事前情報もなく、自分のそれまで全く眼中になかった新鮮な土地に行って新しいものを得ようという考えで行くことにした。だから、地図を買ったり、グーグルマップを見たりして一応感じは掴んでみたが、あまり情報を仕入れないように心掛けた。まぁ、これがあとになってあまりの事前知識のなさに「お前は何がしたくて(この国に)来たんだ?」と、注意される羽目になるのだが、確かにマオリ族がポリネシアンだということや、ニュージーランドとイギリスとの関係、オークランドの東洋人を含む海外移民の多さなどは事前に知るべきだったと思う。
 でもそのぶん、新鮮さと発見の楽しさは得ることができたと思う。

 結局、簡単に言うと「いきあたりばったり」…なのでした。

◆やはりそこはシーカヤックで旅をしたい。

 ファルトボートを持っていくかどうか迷い悩んだ僕だが、一応、ファルト乗りならカヤックで沿岸を旅したいと思うのは当然の衝動だと思う。もちろん、僕もこの国をカヤックで旅したかった。むしろ、それが目的だったのだろう。

 だが、ニュージーランドである。

 情報を得ないように心掛けていたと言っても、ニュージーランドの海が「やばい」海だという事くらいは知っている。
 日本4大島外周をはじめてシーカヤックで一周したニュージーランドの英雄、ポール・カフィン。彼が1978年に初めて行った遠征が自国のニュージーランド南島一周である。その話を日本でチラホラ聞いていた僕には正直南島を漕ぐのはビビった。日本が誇るエクスペディションカヤッカーである村田泰裕氏が挑戦するくらいのフィールドを、遊び半分の気持ちの僕が漕げるわけがない。

 第一、南島は寒過ぎる。水温が低くて潜れない。
 それは僕の「漕いで旅し、潜って魚を獲る」やり方ができず、カナダと同じようなシチュエーションになる。やるなら北島だと思っていた。
 
 北島を一周するというのはどうか?
 長距離のカヤックツーリングがやりたかった僕にはわかりやすい「○○一周」というのは、最初に考えつく発想である。
 だが、南島が難しく、北島だから容易だ・・・というのは安直だ。水温、気温が高いというだけでカヤックの漕行が楽になるという単純な問題ではない。それは北海道一周と九州一周を考えてみればわかることだ。
 北島と南島では人が住まない、バックカントリーの海岸が南島の方が多いという事もある。しかし北島だって、たいして変らない。なにしろ人口6000万人ほどの国なのだ。

 それでも北島一周という響きはかなり僕には魅力的だった
 もしそれが可能であれば、ぜひやってみたい事ではあるが、日本国内のフィールドですらまだまだ課題が多く残されている僕のカヤッキングにおいてニュージーランドの海を知らない僕には現実味のない話だった。
 北島を二つのフィールドに分けるとすれば、それは西海岸と東海岸だ。西海岸の荒くれた海を漕ぎ抜ける技術、根性、根回しは今の僕には無いとわかりきっていたので、こちらは早々にパスした。そこで南のニュージーランド首都ウェリントンから東側を北上して最北端、ケープレインガまで行こうという計画を最初に立てて、ニュージーランドに向かう事になる。

 当初はこの長距離のカヤック旅ができれば、あとは適当に働きながらニュージーランドの生活をおくってみればいいやと気楽に考えていたため、今回のニュージーランド滞在では北島だけに絞り、南島はカヤックを送った「リアルニュージーランド」の藤井さん宅に行く時と、どうしても行ってみたいミルフォードサウンドだけ行っとけばいいと思っていた。
 しかしこれが車を購入する運びとなり、あまりの機動力に調子に乗って南島を一周することになった。
 おかげで予想以上の面白い体験を得ることができたものの、資金、そして遠征が行えるであろう夏の季節が短くなり時間まで切羽詰った状態になって距離を短くする必要が出てきた(情けない話だが…)。実際、車でイーストケープ周辺の沿岸を走ってみた感想から
「ここは相当気合を入れないと、マジで死ぬな…」という考えもあり、冒険をするというよりはあまりにも無謀なことのように思えた。だから自分の「カヤックをやってきた。自分の実力を試したい、証明したい」という自己顕示欲を切り捨てて、「本当にお前が漕ぎたいのはどこらへんなんだ?」という考えを掘り下げると、それは北島の北西に突き出た部分、俗にいう「Upper North Island」の東海岸だという結論に達し、それをマウントマンガヌイから出発することを決めた。

 この地域は地元でもカヤックガイド本が出ているほど、メジャーな海域で、悪く言えばかなりミーハーな、良く言えば素晴らしいフィールドが集まった海域だと言える。
 しかしその海域をカヤックを漕いで一本につないだ人は少ないはずだし、容易ではないはずだ。事実、それは確かだと思う。

 マリンスポーツのメッカ、コロマンデル半島。
 手付かずの自然が残る、グレートバリア島。
 多くの島からできたオークランドを含む内海、ハウラキ湾。
 外洋の影響を受けるサーフスポット、ノースランド。
 ノースランドの一大マリンスポーツメッカ、ベイオブアイランズ。
 ニュージーランド北に延びる最果ての土地、ファーノース。

 これらをつなぐ旅。
 適度な都市、街の間隔、すぐれた自然とそれらが織りなす景観美。
 潜水ができる透明度、水温共に高い海域。
 他の海域に比べ複雑でルート取りが色々考えられる地形。
 何より情報量が多く、自力で調べて行うには打ってつけのフィールドだった。情報が多いと言っても、僕には未知の海域だ。十分に面白い発見が待っているに違いない。

 海図を購入し、出発地からゴールまでを計測してみると、ちょうど1000㎞ほどの距離だった。

 「今回の遠征では、とりあえず1000㎞の壁を超えたい」

 そう考えていた僕には最もしっくりくる選択肢だった。
 こうして僕の今回のニュージーランドでのカヤック長距離ツーリングのコースは決まったのだった。

◆今回の遠征で常に枕もとにあった本 

★「CRESTING THE RESTLESS WAVES ~North Island Kayak Odyssey~」 Paul Caffyn

 オークランドの海洋博物館に行くと、彼のカヤック遠征の業績がパネルになっており、数々の遠征を行った彼のカヤック、「Isadora」ことノードカップが展示してある。その書籍販売所で偶然一冊だけ販売されていたのを購入できた(本屋では見たことない)。
 北島一周の話が書いてあり、彼は僕とは逆の時計周りでウエリントンから一周している。しかし時期的に風がどう吹くのか、天気が荒れる時期がいつくらいからなのか、各地のサーフ状況、上陸ポイントの有無、ペース配分(ほとんど参考にならんが…)など、その他色々なことが読むことでわかってきて非常に参考になった。同じ地名の場所で同じ天候だったりした場合に泊まったりすると「ここにポールも上陸したのか…」と感慨深く思った。




★「SEA KAYAKER'S GUIDE   to New Zealand's UPPER NORTH ISLAND」 Vincent Maire

 発見した時、「うぉお~ッ!!こんなに都合よく、こんな便利な物があっていいのか!?」と、狂喜乱舞した一冊。
 日本ではあまり見ない(むしろない?)シーカヤッカーの為のフィールドガイド本。北島と南島の2冊があるがこれは北島の分で、僕が漕ぎたかったupperの部分を西海岸も含めて紹介している。
 各ポイントの地形図、海図の番号、VHFのチャンネルの番号などが記載されており、アクセス方法、車の駐車スペース、キャンプ場、もしくはキャンプ地の有無、水場などが紹介されているほか、潮流の有無、荒れた時の逃げ場、そしてexpeditionカヤッカーの為のアドバイスなどが書かれていて、もはや僕にはポールカフィンの上の本がバイブルならば、これはマニュアルみたいなものだった。
 でも結構ガセネタも多く、えらい現地でやられたケースも多かった。
 ポールの本もそうだが、カヤック関係や海洋関係のマニアックな単語などを勉強するにも非常に役に立った。一般の辞書で調べると意味不明な意味に翻訳してしまう単語も多いので、読むのにそれなりに苦労しました…。