⑩Lake Taupo
2009年3月5日~3月7日
北島のちょうど中央にニュージーランド国内最大の大きさを誇る湖、タウポ湖がある。
日本の琵琶湖並に広いこの湖は世界的にも有名なビックトラウトが釣れる湖で多くのアングラー達が世界中からやってくる湖。そして周囲を温泉やフカホールなどの観光地が存在する観光都市タウポが存在する場所でもある。
北島の長距離カヤック遠征を行うにあたり、その前に漕いでおきたかったのがこの湖だった。
日本を発つ寸前に行った第3回知床シンポジウム。ここで出会ったOさんが以前にニュージーランドの川を漕いだ時、この湖も漕いだと言っていたのを思い出した。ここには天然の岩判に描かれたマオリ彫刻があり、そこがタウポツーリングでの目玉になっているようだった。彼はこの存在を何の情報もなく漕いでいたら発見し、大感動したというのだ。
そのマオリの彫刻も見たいと思っていた。
しかし僕の目的はこの湖に潜り、巨大トラウトの水中写真を撮ろうというものが最大の目的。そしてゆっくり一周していたら4~5日は必要な大きさの湖なので、2泊3日で岬から岬への長距離横断の練習という意味合いを込めて今回のタウポツーリングを考えていた。
今思えばこの計画は思惑通りにはうまくいったと思う。
でも実際はかなり自分の未熟さを感じるツーリング、そしてこれからの旅に不安要素を作るものともなった。
ニュープリマスを出てひたすら道路を走り、なんとか昼過ぎにはちょうど行なわれていたマラソンに沸くタウポの街に辿り着くことができた。
アイサイトの近くの公園の奥に車を止め、街を歩き回ってネットカフェを探し、これまでに撮りためた写真を外付HDにデーターを入れる。この旅ですぐにメモリーカードがいっぱいになる為、写真はすぐにデーターを移していた。おかげで写真に関してはデーターがなくなるという事はなかった。
スーパーで買いだしを済ませ、この日の宿泊場所を探す。とは言っても翌日からカヤックの旅に出るため車を比較的安全な場所に泊めておける場所がよかった。地図を見てキャンプ場があるだろう場所に行くがそんなキャンプ地はなく、いろいろ迷ったあげく道から少し入った湖岸の空き地に車中泊し、そのまま出発することにした。3日間くらいなら車を泊めていても何とかなりそうな場所だった。
湖岸に荷物を下ろし、カヤックを組み立てていると空と湖面が恐ろしいまでに赤く染まりはじめた。これほど深紅の色を魅せた夕日は初めてだ。そこをブラックスワンが泳ぎ、なんとも幻想的な雰囲気が漂っている。
むしろそれは気持ち悪いほど。
明日からのカヤッキングがどう転ぶかはわからないが、とにかく何か起こりそうな気配を感じずにはいられなかった。
1日目 3月5日
出発地のMangakoura streamの流れ込みからタウポの街があるTapuaeharuru Bayを右手に見ながら横断し対岸のRangatira Pointに向かう。
天気は前日ネットカフェで見た限り、今日はなんとか天気は持つが明日は雨、明後日も雨…というものだった。
風に関してはある程度は覚悟していたので吹くなら来やがれってな感じだったが、雨はさすがにめげそうだ。晴れている内にマオリの彫刻のある場所には行きたかった。風はタウポの街から、つまり北東から吹いていたが地形的な吹き下ろしだろうと思う。
ガイドブックや地図の案内ではこのRangatira Pointの裏側にその彫刻が刻まれているはずだ。
一時間ほど漕ぐと対岸に近付いてきた。
タウポ湖の東湖岸は国道が走っており、広い砂利浜が広がっていたのだが、この岬から先の北湖岸はずっと崖が続いた。最初にタウポ湖に思った印象よりもどちらかというと絶壁の崖に囲まれた湖…というのが本来のタウポ湖の姿のようだ。地図で見ても確かに湖岸はほとんど崖のマーク。火山性の湖だけあって地形はダイナミックなようだ。
岬の周りを舐めるように漕いでいると、なんかそれっぽい感じの場所に出た。そのまま岬を過ぎて先に行こうと思ったが気になるので見に行くと、やはりあった。
マオリの彫刻家マタヒ・ファカタカブライトウェルによって彫られたその彫刻は、観光案内などでは鼻と鼻を重ねて行うマオリの親交の挨拶をする人の顔だけがよく登場するが、実際に行ってみるとまわりにはそれ以外にもたくさんの彫刻が彫られているのがわかった。とくにトカゲの彫刻が目立ち、女性の顔なども目立つ。
「なるほどねー、来なきゃわからんな、これわ」
自分一人だけなのでカヤッカーをモデルに写真を撮れないのが大きさの比較ができなくて残念だが、防水のコンパクトカメラとは別に一眼レフもわざわざ出して写真に収めた。
まぁ、これがあとあと、大事な行為であったわけである。
結構長いこといたのだが、観光船がやってくると面倒臭いのと、たびたびプレジャーボートがやってきて僕をモデルに写真を撮っていくので先を急ぐことにした。どうやらこのあたりはプライベートエリアのようで勝手に上陸するのもままならないようだった。
そこから先は岬から岬をひたすら直線的に漕いで行く。
想像以上に地形がダイナミックで漕いでいて面白い。琵琶湖の湖北のように岩がゴロゴロあって波もなく、透明度もすこぶるいい。木々が湖面ギリギリまで生えており、岩の隙間にたくましく根を張っている感じはカヤックから見る景色としては最高である。
風は北東ではなく東気味のようだ。入江の沖に出ると真横、つまり北から吹きこむこともあるが全体的に追い風で、それほど風に影響を受けるような感じはしない。ただ、天気は確かにどんどん下り坂にさしかかっており、雲行きは怪しい。
出発してから13㎞ほど漕いだ頃だろうか、この日一番の長い海峡横断を行う事になるのだが、この頃から風が強くなってきた。北からの吹き下ろしの風があるのか、湖とは思えない波が出てきた。
琵琶湖を漕いだ時にも思ったのだが、湖はうねりがないぶん風が吹くと細かい波がビチャビチャとざぶざぶと立つ。これがちょっとメンドクサイ波だ。危ないわけではないのだがパドリングをしていて波をキャッチしにくく、えらい無駄な体力を使わせる波だと思う。しかも無駄にデッキの上に水をかぶり、ちょっと漕いでいて気持ち良くない。風も強いし、このままだと沖の方に流されてしまいそうだったので目的の岬よりも多少内側に入るように漕いでいた。
何とか目的地のKawakawa Point近くにたどり着いたが浜には波がザブザブかぶっていてあまりいい上陸地には思えなかった。
しかしより目的地に近付いて行くと、そこが天然の良港のような入江になっており、そこに入り込むと嘘のように湖面は静かになった。多少波紋は残るものの静かな湖面を漕ぐと深い森に囲まれたきれいな砂浜が見えた。湖面の下は素晴らしい透明度の水があり、そこに沈む流木がよく見える。
水草の草原の上を滑るように進み、水鳥が羽ばたいて去った後の静かな砂浜に上陸した。これで晴れていたら日が差し込んで最高に気持ち良い場所だろうな~と思う。
初日のパドリングはこれで終了。約5時間。直線距離で21㎞の移動だ。湖岸をゆっくり鑑賞しながら漕いでいたので、こんなもんだろう。
この場所は湖岸からしか来ることができない場所で、森の中にはステンレスのデッキが置いてあり、針金がめぐらしてあってフィッシュキャンパーがよく来ている場所のようだった。湿っていたが落ちている薪を拾い集め、今日のキャンプの準備を始める。
ただ、ここにきて少し気になることがあった。左側のスポンソンの空気が抜けているのだ。これといって原因が思い当たらなかったが雨が降らないうちに修理しようと一度カヤックのフレームを抜き、面倒くさいがスキンをひっくり返しスポンソンを引っこ抜く。そしてふくらませて自転車のパンク修理のように湖の中に突っ込んで泡が出る場所を確認すると、かなり先端の場所に穴が開いていた。
「こいつが原因か!」
穴のギザギザな感じから、それがビールの王冠が原因だとわかった。K1の先端の場所は細かい荷物しか入れづらいのだが、そこにいつも僕は水とかビールとかを突っこむのである。普段は缶ビールなのに、この時はニュープリマスで飲み余った瓶ビールをそのまま突っ込んできてしまったのでそれが穴開きの理由のようだ。
些細な選択ミスが現場では余計な仕事を増やすことになる。とくに海峡横断が多い時などでは致命的なことにもなりかねない。僕はやれやれと無駄に増えた仕事にウンザリしつつ、なんとか片づけた。
その後は本来の目的、水中写真を撮ることに。
ところが寒い。ただでさえ水温は冬の日本の海程度しかないのに雲が張り出してきて太陽が隠れてとても寒くなっていた。風も強いのでその体感温度といったらない。湖はすでに大荒れだし、この入江の中が限界のようだ。それでも今日潜らないと明日から雨でさらにそれは無理なことになりそうなので意を消してウエットスーツに着替えて湖に入った。
シャローに生えているのは日本でもおなじみのコカナダモだ。名前の通り、もともとは北米産の水草だが、今や世界中どこにでも生えている困った外来植物だ。その水草の間にモエビやハゼの仲間がたくさん浮遊していた。大きくはないし、派手さもないが観察していると非常に面白い。
シャローを越えて入江の入口あたりまで行くと水草はなくなり広い砂地になる。所々に流木が沈んでおり、その影をたまに大きな魚がスッと、猛烈に速いスピードで移動し、消えてしまう。マスだ。
その砂地はなだらかに落ち込んでいくかと思うと、入江の入り口で急激に落ち込み、底がまったく見えなくなる。岸には巨大な岩がそびえ、その岩の間にはチャガラのように小さいハゼが固まって泳いでいる。透明度が良いのでこんな太陽の光が差さない状況でもきれいなブルーの湖底が広がる。はっきり言って深すぎる。良くいえばグランブルー。悪く言えば底無しの恐怖の対象。
当たり前のことだが淡水なので、僕のウエイトバランスでは中世浮力が働くはずの水深7m付近で体が勝手に沈んでいく。その落ちるスピードったらない。まだ大丈夫だろうと海の感覚で潜っているとあらぬところでいきなり体が沈んでいき、底も見えない湖底にどこまでも沈んで行ってしまうんじゃないかと怖くなってしまう。そんな訳で潜っても10m付近でやめておいた。これといって巨岩以外何もないという事もある。
むしろ湖面を移動中に岩の間にニジマスを見ることの方が多かった。
タウポ湖は最初に書いたように世界有数の巨大トラウトが釣れることで有名な湖で、多くのアングラーが岸からフライやルアーのキャスティングで、船からトローリングで狙っている。釣れるのもレインボートラウト(ニジマス)をメインにブラウントラウトも釣れる。潜っているとキャンプで食べたのか、身をそぎ落とされた40㎝近いニジマスの死骸をよく見た。日本の尾びれが短く削れたニジマスと違い、鰭がピンと張った、紋様もきれいに出ている天然物に近い最高のビジュアルのマス、しかも湖で大きく育ったスチールヘッド並の奴がいるのである。僕が見たのもそんなマスだった。
「写真に撮りたい…!」
…と、考えてはいたのだがとにかくあいつら眼が良すぎる。写真に撮ろうとしても遠すぎて無理だし、近づくとあっという間にいなくなる。
プレデターの魚なら好奇心で寄ってくるものだと思うのだが、マスに限ってはそうでもないようだ。ん~、イワナ系ならともかく、サルモ系は写真も突くのも難しいな…と実感し、諦めることにした。奴らを撮るなら湖でならタンクを背負うか、狭い河川で撮るしかなさそうである。
オーバーハングの下や流木の陰で寝ているマスはいないかと探したが見付け切れず、1時間半ほどで陸に上がった。
着替えてあたりを歩き回ると、一応道もあり、車道から歩いてやってくることも可能なようだ。丘の上にあがる道を歩き、そこから湖を見ると見事に風が強く吹いて湖面がすごいことになっていた。このシケが明日にはおさまるとは思うが、天候が悪化していくことは予想できた。
焚き火を起こし、暖を取りながらビールを飲み、夕飯を用意した。流木ではない森林の倒木で火を起こしたので煙くてしょうがなかったが、火がないよりはマシだった。
2日目 3月6日
とくに急ぐ必要もないので早起きはしなかった。朝方、天気もそれほど悪くはなかった。目の前にワンドには風を避けて休んでいたカモの仲間がたくさん寝ていた。
前日の午後よりは風はやんでいた。ゆっくりと朝食を作り食べ、パッキングをしてノソリノソリと出発の準備をした。
この日はほぼタウポ湖縦断といったコース取りで、Kawakawaから南南西に漕いでTangingatahi Pointまで約7.3㎞進み、そこからKarangahape Cliffsを仰ぎ見ながら沿岸を漕ぎ、すぐにTe Oineohu Pointから再び南東に10㎞以上漕ぎだし、対岸のタウポ湖南岸OruatuaかMotutereのホリデーパークに泊まる予定だった。
しかし地図を見るとKawakawaから西にちょっと行ったところにOputopo Fallsという文字を見つけ、大きな川が流れ込んでいることがわかった。どうやら湖に滝となって川が流れ込んでいるのだと思い、そこに行ってから南下することにした。
小さな湾を横切るように進み、一時間ほどで滝に辿り着いた。確かに滝が湖に直接流れ落ちていて、カヤックで見るにはなかなか良いものだったが、なにしろ天気が悪くてガスが出てきており、視界が良くないのでいまいち感動するまでには至らなかった。
そこから南下する予定だったが、腹の調子が悪くなりさらに沿岸を西にすすんでWaihahaという場所に向かった。ここも直接車を乗り付けることができない場所だが、一応休憩用のピクニックエリアが設けられている。湖に向かって何か書かれた看板があり、そこに上陸してトイレを使おうとしたがあまりにも汚いので結局ノグソをすることに。あいにく雨も降ってきて辺り全体が湿ってきていた。
妙に森が開かれており、その先に道が続いている。それがちょっと気になってしまい、いっちょ登ってみることにした。先に何があるかわからない道を見つけると、夢遊病患者のように先に進んでしまう病気に似た癖が僕にはある。時間もそれほどある訳でもないのにずんずん歩いていってしまい、行けばいくほど帰りにくくなっていく。
結局1時間近く歩いてある羊が放牧された牧場に出た。バギーか何かで牧場を通り、そこから歩いて湖に出るプライベートロードだったのかもしれない。一応納得したので戻ることに。道中、シダ植物の根っこあたりがイノシシによってものすごく掘り返されていたり、獣臭さが漂う事があり、野生の豚が近くにいて襲ってこないか…という若干のスリルもあった。
変な道草を食ってしまった。
山道を歩いている間に雨が本格的に降ってきて湖の上はほとんど何も見えない状態になっていた。
カヤックに乗り込み沖に漕ぎだすと、コンパスを頼りに地図上の目的地に角度を合わせ、進行方向を決めた。自分が向かう場所が見えない状態で漕ぎだすのは久しぶりだ。フードをかぶり、滴る雨も気にせず、黙々と目的地の崖が見えるまで湖面を漕いだ。
20分も漕ぐとおぼろげながら対岸を確認することができ、今度はそこをめがけて漕いで行く。深い霧のような低い雲に覆われた絶壁の壁が現れた時はちょっと良かった。その感じは2年前に行ったアラスカのグレイシャーベイを彷彿とさせた。そう言えばあの時も深い霧の中、ほとんどホワイトアウトの中漕いでいた。幽霊船が出てきそうなしんと静まり返った湖面を漕ぐのは悪くない。
それにしてもこのあたりの崖はすごい。深く切りたった壁が垂直に湖底へと続いているようだ。地図を見ると岸から数メートル沖に出たところで一気に水深80mという表示が出ている…!日本でも富士山の噴火でできた湖、精進湖は水深200mちかい深さを誇っているが、この湖も然りのようだ。
しばらく漕いでいると風が出てきた。南東から吹いている。これで視界が少し良くなればいいが、沿岸を進む距離もだいぶ過ぎて再び対岸への海峡横断を行う場所まで来たもののまだ視界は深い霧に覆われて対岸が見えない。
ここでもコンパスを頼りに南下することになる。
風のせいで波も出てきた。
ポリネシアの伝統航海では太陽や星の位置で現在地を知るとともに、うねりの方向や海鳥の存在で進行方向や島の存在を確認したという。コンパスの角度とカヤックに当たる波の角度から自分がまっすぐ進んでいることを確認しながら漕いでいるこの時の状況はまさにそんな伝統航海をおこなっているような気分にさせた。ただ、進行方向より若干左側からやってくる波の不快さの為、それを避けるため波に垂直にカヤックを傾けることがあり、そのたびに進路が変わる気がして不効率さを感じることもあった。
しかし何千キロという距離を進むわけではなく多少の誤差は全く問題ない。現に陸を離れてからしばらく行くと前方にMotutaiko Islandという島影が見えてきた。
南東から吹いていると思っていた風は次第に東により、北東へと変わっていった。それも強さを増しながら。この風に押されながら今日の宿泊予定地をより南側のOruatuaにしようとも思ったが、昨日今日の東風の事を考えるとより東側にキャンプ地を移したかった。何しろこの場所とMotutereとの間は約6㎞も離れているのだ。そこでMotutereの沖にあるこの島を目指して漕いで行くことに。
風のせいなのか、妙に進まない気がする。
単純に地図で見る限りこの島までは出発地から約9㎞。一時間半も漕げば到着できるはずなのに、2時間漕いでも到着する気配がない。細かい波のせいでパドルのキャッチが甘いことが多々あることもあるが、思い通りにいかない今回のカヤッキングにストレスがたまってきていたのかもしれない。僕は少しイライラしていた。
確かに風は強い。何度も風で被っているフードが外れ、そのたびにパドリングを止めて被り直す度にイらついた。いつまでも距離の詰まらない島と自分との間隔。閉じ込められたような視界の悪い状況。大声で叫びたくなることも何度かあった。
その自分のバカでかい声を聞くと我に帰り、深呼吸をして気分を落ち着かせた。自然のなりゆきにキレても、しょうがないだろうと。そしてこんな状況は何度も経験しているはずだろう、西表島の修業時代なんてこれプラスお客さんを乗せたタンデムをトーイングしていた時だってあるじゃないかと自分に言い聞かせた。確かにもっと劣悪な環境でのパドリングは経験済みではある。でもなぜかこの時の僕は自分の実力の無さと不甲斐無さ、精神力の弱さにイらついていた。
カヤックが漕ぎたくてこんな事をしている。自然の摂理に逆らわないよう、自分の目的を達成させる術を得ようとしている。自分の好きなことをしている。なのに何故その行為をしていてイラついているのか?自分はもっとできる奴だと驕っているのか。そうだろう、だから現実の自分のダメさもワジワジしているのだ。
心の中で堂々巡りを繰り返しながらも、しかし現状は漕いで行くしかない。予定では2時間半で漕ぎ切れると思っていた海峡横断を3時間半ちかくかけてなんとかMotuteraのワンドの中に入ることができた。時刻もすでに5時近くになっており、急がないとホリデーパークの管理人が帰ってしまう。濡れ鼠の状態でスプレースカートも付けたまま管理棟を探し、ギリギリ帰り支度をしている管理人のおじさんを引きとめてテントを張らせてもらう許可と、トイレやシャワーのカギを渡してもらう。
「バイクで来たのか?この雨だと大変だろう」
「いや、カヤックで向こうから来た」
「・・・そうか。」
おじさんは呆れた顔で僕を眺め、僕は僕でひきつった愛想笑いをしてその場をごまかした。
おじさんは50セント硬貨を2枚奢ってくれ、これで早くシャワーを浴びろと言った。テントを立ててある程度荷物をテントの中に放り込むと、僕は急いでシャワー室に行き体を温めた。別にシャワーなど浴びなくても着替えさえできれば温かくはなるが、ここがニュージーランドという文明国家で良かったとしみじみと思いながらの入浴だった。
雨は小雨に変わっていた。でも屋根がある所で煮炊きができて食事ができるというのは素晴らしい。体を十分に温めるとテントに潜り込みすぐに眠った。
3日目 3月7日
この日も朝は雨がぱらついており、昨日から全く乾いていないジュグジュグのレインウェアーを羽織り、出発した。
あまりの自分の濡れ鼠具合が面白く、この姿を写真に撮ろうと思った時だった。カヤックのデッキの上にカメラを置こうと思ったら手が滑り、そのままカメラが落ちてしまった。
「あ・・・」
ヒラヒラと落ちてゆく我がカメラ。そのキラキラと輝くきらめきは正にルアーの如く落ちてゆく。ただ、僕のカメラは10m防水だし、岸からも近い。そのうちヒラヒラもしなくなって湖底に止まるだろうと思っていた。ところがそのままカメラは湖のモクズになってしまった・・・。
「うっそ~んッ!!!」
慌てて地図を見ると自分が今いる場所は水深15mくらいと書かれていた。カメラが使用不可能になってもメモリーカードは生きているはずだと思い、急いですぐ横の砂浜に上陸、ウエットスーツを取り出してマッハで着替え、「まだ大丈夫、まだ大丈夫、まだ大丈夫…!」と、何度も唱えながら湖に飛び込んだ。
カメラの水没地点をヤマタテしていたのでその付近の沖まで泳ぎ潜って湖底を調べてみる。
「ふ、深け~ェ・・・」
何でもっと浅いところで落とさなかったんだろうと意味もない事を思った。
すり鉢のように砂底はどんどん深くなっている。透明度はいいのでかなり広範囲に泳ぎ回って調べるがカメラらしきものは見えない。もっと深いところかもしれないとさらに沖に出て潜ってみるが、水深15m近く潜っても底が見えない…。地図を戻ってから見ると15mラインから一気に40mとなっている。こんなの無理だ。素直に諦めた。
そんな訳でタウポ湖で撮った写真はほぼなくなり、一眼レフで撮ったわずかな写真だけとなった。出発前にメモリーカードのデーターをすべて移しておいたこと、タウポの彫刻を一眼レフでも撮っておいたことが唯一の救いだ。
カメラを失くし、何とも複雑な気分で湖を北上する。
天気はその後回復してきて、雨はまだぱらついていたものの、雲の隙間から光が差し込むようになってきた。東湖岸は道路があることからもわかるとおりそれほど切り立っている場所も少なく、開けた感じになっており、湖の水深も沿岸域はかなり遠浅になっている場所も多い。それがカメラをあの場所で落としてしまった自分には辛い。
そういう遠浅の場所で、川が流れ込んでいる場所には釣り人が多くいてウェーディングでフライを振っている。ガイドらしき人がいるのでツアーか何かなのだろう。見ていると結構な確率でヒットしていた。今度来る時は自分もライセンスを買って釣りをしたいなと思う。これでも昔、某山上湖畔で働いてマス釣りを暇つぶしにしていたくらいなのでマス釣りは全くの素人でもないのだ。
でもその一方、このニュージーランドもそうなのだがニジマスが外来種であり、在来の生態系に影響を与えているにも関わらず、駆除対象にならず、それどころか自然を親しむ為のアウトドアの表の顔になっているという事実に辟易も感じるのだ。
Te Kohaiakahu Pointを回り込むとゴールであり、出発したMangakoura streamの流れ込みが見えるようになった。その手前にある小さな沼、Lake Rotongaioに流れ込む川があったのでそこからカヤックを侵入させ、湖に入った。
ガマの茂みをかき分けながら進むと、水鳥の聖地のような静かな場所が広がった。こういうヨシやガマなどが生えている場所を移動する手段としてもカヤックはいい道具で、そこから見る景色はなかなかいい。少しの間そんな目線の低い水辺の観察をすると再び外に出て、砂浜で休憩した。天気は見事に回復し、濡れたカヤックやウェアーからは湯気が出始めた。
14時ちょうど、僕は出発した場所に戻ってくることができた。車は無事。隣りではパドルボートを始めたばっかりのお父さんがぎこちなく水面を移動し、それを陸の上から奥さんと小さいお子さんが見ている。あちこちで水遊びをしている人たちの姿が見えた。
晴れてくるとそのタウポのきれいな水が際立ってくる。上陸して湖の水を見ると飛び込みたくなるくらい奇麗だ。この透明度の良さはいつまでも残ってほしい。
せっかくなのでこれまでに付いた塩分を取る為にカヤックを丸洗いし、晴れた砂浜でカヤッックの他にキャンプ道具も干した。その間ゆっくりと昼食を取り、コーヒーを飲む。
晴れるだけでこれほどまで心が安らぐものなのかと、今回のカヤッキングを振り返りながら思う。
湖だからとナメテいた訳ではないが、この湖の3日間、とくに2日目のパドリングは自分の中の課題を多く残すものになった。
スポンソンのパンクも自分の不手際が原因だし、最後のカメラの水没も酷いものだ。だが、カメラがなくなったという事実よりも、それをやってしまった自分の軽薄さの方がむかつく。
ともあれ、タウポ湖は終わった。
この日はタウポ近郊のホリデーパークに泊まり、翌日にはロトルアを経由してオークランドに戻って、いよいよ北島沿岸1000㎞のカヤック遠征の準備に入るのだった。